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アイランドピーク 2010年10月/11月

Isl3

【メンバー:林孝治、Aさん(会友) 記:林孝治】
10月23日
アイランドピーク(6189m)に行くため、ナムチェに向かっています。
2年ぶりのエベレスト街道で、ルクラ以降はメールを送れないと思っていたのですが、ナムチェに近づくそれが可能となり、急速なモバイル環境の進展には驚きました。
今回のメンバーは会友のAさん(白峰)と林の二名、シェルパはラクパです。私は6回目のアイランドピークです。
今回のコースはカトマンズからエベレストの玄関口ルクラまで飛び、そこからエベレスト街道をナムチェまで行き、まず、ゴーキョピーク(5400m)に登ります。そのあと、榊原の亡くなったチョラツェの北側の峠(約5000m)を越えて、トゥクラでエベレスト街道に復帰、カラパタールに行ってから、アイランドピークBCに入ります。
今日はお天気も良く、ミヤモと榊原が速攻で登ったクスムカングルもきれいに見えています。

10月25日
今日はナムチェをスタートし、ゴーキョ谷に入る予定でしたが、祭りかと見間違うほどトレッカーが多く、宿泊予定地ではベッドを確保できないかもしれないので、2時間位手前のモンラという、ナムチェを見下ろす所に泊まっています。ここは電気がきていないのですが、携帯はバリバリに使えます。
ルクラから山道を一日半歩いて突如出現するナムチェ(約3500m)はまさに天空都市です。ネットカフェからヘアサロン、エステまで色々な店ができていて、品物も豊富で登山道具から生活用品まで、何でも手に入ります。そんなナムチェですから、モバイル環境もカトマンズと変わらないのです。
ここから奥も、エベレスト街道側は最奥のゴラクシェップ(5000m)まで携帯が可能だそうです。ゴーキョ側はまだ、そこまでいってないようですが、通じるようになるのはそんな遠くはないでしょう。
携帯はそれほど大きな設備投資、インフラ整備の必要はなく、ネパールのような貧しい山岳国にはふさわしい通信手段です。今まで、そのことがわかりながら、遅々としていたのは、マオイストとの内戦の影響でしょう。アンテナ建設が妨害されたり、破壊されたりして進まなかったのだと思います。
通信網が加速的に整備され、ヒマラヤ山中も情報化が進むと、「シェルパのふるさと」のおもかげは失われ、また青木さんのいうように寂しい気がするのですが、それでも平和になった証だと(政局は混乱していますが)、歓迎すべきことと思いました。カトマンズ路線の混雑、トレッカー、観光客が戻って来て増加していることもその証でしょう。
よく言われることですがまさに「平和あっての登山」です。

Isl1

11月5日
11月4日、ネバール時間9時45分、Aさん、林はアイランドピーク(6189m)に登頂しました。
2時30分にハイキャンプを出発し、ヘッドランプで岩稜地帯を登り、アイゼンを着けて上部氷河に入る頃にはローツェ、アマダブラムなど周りの山々がピンク色に染まって、黎明を迎えました。
約200mの急雪壁を攀ると頂上稜線で、クンブの山々が一望できます。
細い頂上稜線を慎重に辿れば間もなく頂上。
しばし展望を楽しんだ後、下降にかかり、急雪壁は懸垂下降で氷河に降り立ち、13時、ハイキャンプに戻りました。

Isl2

ハイキャンプで休憩後、キャンプを撤収して、一気に、最後のロッジのあるチュクンまで下りました。15時間位の行動時間で、疲れた一日でしたが、Aさんは元気でした。
今日、5日はパンボチェ(4000m)まで降りて来て、空気が濃い。
Aさんの調子がよく、行程が順調に予定より早く進んでいるので、明日はアマダブラムBCへ、そのあと、ナムチェからターメ方面に足を延ばす予定です。

11月7日
今日はパンボチェからナムチェに到着しました。
パンボチェで、今朝はやけにヘリコプターが行き交うなあと思ったら、早耳のシェルパ情報によると、アイランドピークBC(チュクンとの情報もある)に高度障害の英国人登山者のレスキューに向かったヘリが患者を積んだ後、おそらくアマダブラムの北面に墜落した模様で消息不明になっているそうです。
チュクン、アイランドピークBCともに5000m以上の標高があり、ほぼヘリの航行限界高度です。しかも、今朝は朝方はいつになく風が強かった。そんなことが原因したのじゃないかと推測されます。
今回のアイランドピーク登山、ゴーキョ、チョラパス、カラパタールと5000m以上の場所を巡った後でアイランドピークに入ったので、高度順応がうまくいきました。
それでも、途中ではレスキューのヘリが忙しく飛び交い、またトレッカーのみならずネバール人のポーターまでが担がれていく場面や亡くなったポーターが仲間の手によって運ばれていく場面にも遭遇しました。
私達は高度障害の怖さ、高度順応の必要性を頭では理解しているのですが、高度というものが、断崖絶壁や暴風雨のような生命にかかわる危険とは異なって、差し迫った危険性を感じないものてあり、また日本では経験しえない代物であるため、調子が良いとつい高度を稼ぎ過ぎてしまいます。高度、侮るべからずです。

11月8日
今回のアイランドピークは私にとっては6回目ですが、ハイキャンプからアタックしたのは初めてで、過去5回はいずれも、BCからアタックしBCに帰還するというパターンでした。
ハイキャンプからアタックするとなると、ハイキャンプまでの荷上げが大変ですし、高度順応がうまくいってないと、ハイキャンプでの宿泊は高度障害を招き、登頂は覚束ないと思っていました。
今回のアタックプランはラクパシェルパから提案がありました。Aさんの調子がよかったのとシェルパ族とライ族の二人の若いポーターが協力的だったのでそれに乗ることにしました。
ポーター達はチュクンから一気にハイキャンプまでアタック装備と宿泊装備と食料等を荷上げしてくれ、私達はトレッキングの装備でハイキャンプに入ることが出来ました。そして自分達は仕事を終えると翌日の昼頃、再びハイキャンプに登って来ることを約束して、さっさとチュクンよりさらに下のディンボチェまで帰って行きました。ディンボチェまで降りるのは、彼らの食事代が安いからだそうです。彼らにとってはチュクンからハイキャンプに荷上げをして、ディンボチェまで下り、さらに翌日、ディンボチェからハイキャンプまで登って来て、チュクンまで荷下げをすること位、訳のないことのようでした。
当初の情報では、BCのみならずハイキャンプもたくさんのパーティーが入っているとのことでしたが、BCには多くのテントがあるものの、ハイキャンプに泊まったのは私達だけで、静かで展望のよいサイトでした。
このようにアイランドピークにはうまく登頂し、下山することができたのですが、その一方でひやり、はっとすることがありました。
アイランドピークに登頂して、下山にかかり、急雪壁も懸垂を繰り返して安全地帯に降り立ち、Aさんが懸垂のセットを解除している時です。
阿部さんの頭に後続パーティーが落とした拳大の氷が命中し、Aさんが悲鳴をあげました。すぐに頭部を点検すると頭頂部に2~3cmの傷があり、出血していましたが、幸い頭蓋骨折や頭蓋内出血は無いようで、止血処置を施して、ハイキャンプに向かいました。
岩稜地帯での落石、転落に備え、Aさんには私のヘルメットを被ってもらっていましたが、上部氷河に入ったところで、ヘルメットは必要ないと判断し、ヘルメットをデポしてしまっていました。間隙を突かれてしまいました。
そのヘルメットのデポ地点まで来ると、デポしたヘルメットがない。さては盗られたかとがっくりして下山していると、しばらくして100mほど下のクレバス地帯に転がっているヘルメットが目に入りましたが、危険過ぎて回収することができません。諦めるしかしょうがない。
風で飛ばされるような状況でもないし、誰かが投げこんだとしか思えないのですが、もしかしたら「世間の非常識」をしている私に対する山の神の怒りが爆発したのかもしれません(笑)。

今日のナムチェの宿では、二人の地元の人が、ガイドのラクパシェルパに対して私のことを「ポルツェ村」の人かと真顔で尋ねて、「日本人だ」とラクパが答えると驚いていました。
「ポルツェ村」はナムチェからはエベレストビューホテルの向こう側、ゴーキョに行く道の対岸にあるシェルパ族の村で、私も何度か訪れたことがありますが、そこに住む住民はナムチェの人達と変わっている印象は特にありませんでした。
ネバールでは、私はよく、ネバール人と間違われ、ネバール語で話しかけられることがあります。ある時、ネバールに入国する際にパスポートを係官に提出したら、それを透かしてみて本物だとわかると「お前はどこでこれを手に入れたのか?」と言われたことがありました。
でも「ポルツェ村の人」とピンポイントで特定されて、間違われたのは初めてです。
ラクパの解説によると、エベレスト街道沿いは訪れるツーリストが多く、それに接しているので、みだしなみを良くするため、よく顔を洗って色が白いが、ポルツェはツーリストがあまり来ないので顔を洗わず、色が黒いそうです。
ツーリストの有無によって顔を洗うというのはマユツバでしょうが、同じシェルパでも微妙に肌の色が異なり、黒い肌の人の代名詞でポルツェの人と呼ばれるのかもしれません。
とにかく、今の私は(日焼けして)よっぽど黒いようです。


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