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トリスル1峰 2010年8月/9月

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【メンバー:林孝治、松岡紀子、斉藤留美子 記:林孝治】
8月17日
本日より、山の中に入り、パソコンや携帯電話での連絡はできなくなりました。
持参した衛星携帯電話(スラーヤ)は谷の中で電波状態が悪いですが、明日になれば谷を抜けて電波状態も良くなると思います。
みんな元気です。

8月27日
みんな元気にBCに向かっています。
トリスル1峰登山隊は8月25日、ランドルをスタートし、途中2か所通行止めにあい、昼ごろガートに到着しました。バスを捨て、ジープ3台に隊員と荷物を満載して車道の終点に至りました。
ここで、約40人のポーターと合流し、約2時間でシタルという村に到着し、山中1日目のテント泊です。
翌26日、キャラバンがスタートし、最奥の村ストールを通過し、村はずれの河原に2泊目。
27日、すばらしい晴天。久しぶりの太陽です。しばらくすると、樹間からトリスルとナンダグンティがよく見えました。道は極端に狭く、ポーター泣かせの道です。ぐんぐん登り、標高3000m付近で3泊目。明日はBCに到着の予定です。
途中の橋が落ちているとの情報があり、どうなることやら。
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写真上:河原でキャンプ 写真下:ナンダグンティ(左)とトリスル1峰(右)

8月30日
トリスリ1峰登山隊は8月28日、心配した橋も問題なく通過しました。
橋を渡ると、ジャングルから一面のお花畑にかかり、標高差500m登り、標高4000m付近に宿泊。
8月29日、川の上流からモレーン上に向かって、お花畑を満喫しました。エーデルワイスやブルーポピーが咲いていました。
11時頃、4200m付近に適地があったので、BCとし、ポーター達は荷物をおろすと、すぐに帰路につきました。
午後からはBCの整備と装備のチェックと乾かし物で過ごしました。
8月30日は朝からシェルパによるプジャ(安全登山祈願祭)を行い、登山の安全と全員の無事下山を祈願しました。
シェルパ達は早速、C1へのルートの確認と荷上げに向かい、下部岸壁の上部に達し、ロンティー氷河のほとりにC1の適地を確認しました。
前田さんと松岡さんはホムクンド方面に4800m付近まで順応に上がってきました。
斎藤さんと林はBCでハイキャンプの食料の種分けをしていました。
明日31日は前田さんが帰路につきます。
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写真上:プジャ  写真下:C1へ向かう

9月5日
トリスル登山隊は、前田さんを見送った翌日の9月1日にBCを出発してC1にはいりました。
BCからホムクンドというシーク教徒の聖地になっている湖を通過し、下部岸壁の裂け目に入っていきます。ここはまるで剣岳の池の谷(イケノタン)ガリーのようで両岸の岸壁からの落石が堆積していて、それが歩を進めるたびに、ずり落ちるありさまです。
そこを登りきるとC1で、トリスル西壁が立ちはだかっています。
その下にロンティー氷河がゆるやかに広がっていました。
9月2日はC1からC2を目指しましたが、途中で雷雨となり荷物をデポしてC1に戻りました。
9月3日、再びC2を目指して出発。平たい氷床部を通過し、クレバスの多い雪面を登って、約5800mにC2を作りました。
9月4日は朝からBCに戻る予定でしたがホワイトアウトでルートがわからず、テントで待機していたところ、昼過ぎにシェルパが登ってきてくれてトレースをつけてくれたので、雨の中を下りてきました。
夕方になってずぶぬれになりBCに帰ることができました。
今日、9月5日はBCで干し物の予定でしたが、一日中雨でテントにくすぶっていました。
後、2日程、BCで休養の予定で、晴れてくれればいいのですが。

9月9日
トリスルは、すっきりしない天気が続いています。入山以来、一日たりとして晴れ渡った日がありません。BCで休養していた3日間もほとんど雨でした。
BCでの雨は、上部では重い湿雪だったようで、9月9日、C1まで上がったみたところ、テントが雪の重みにより潰れてしまっていました。いったんBCまで撤退し、あすはC2の様子を見に出かけるつもりです。
また、C2から最終キャンプC3予定地までのフィックスロープの工作は、すでに終わっていますがルートの状況が心配です。
目下のところ、再アタックの態勢が整うのは9月12日の見込みです。

9月10日
9月10日、きょうの午前中はいい天気でした。午後は少し雷雨がありました。
C1での新たな積雪が30cmほどあります。潰れたC1テントは補修ができそうで、今夜は、松岡、斉藤がC1にとどまっています。DA GELJE 、DAWA のふたりのシェルパはC2まで登りました。林はBCにいます。
もう一度、全員がBCに下りることも考えていましたが、このまま行くことにしました。
あす9月11日、全員がC2に集結します。
9月12日にC3(6300m)、9月13日にC4(6800m)を作ります。そして9月14日は7120mのサミットです。

9月12日
きのう9月11日、全員がC2に集結しました。しかし、夜からきょうの午前中にかけて雷を伴った降雪がありました。新たに積もった雪は30cmほどになります。
ここから上(ブログトップ写真を参照)は、いかにも雪崩の直撃を受けそうな斜面です。くわえて、C3予定地まで張ったフィックスは、ちょうど雪崩の走路にあるうえ、そのすべてが雪の下に埋まってしまっていますので、掘り起こしにも苦労しそうです。
ともかく、積雪が安定しない状態では登ることができませんので、あすもまたC2での停滞を余儀なくされそうです。
メンバーの日程的なタイムリミットも迫ってきていますので、ここ数日が思案、決断のしどころになりそうです。

9月14日
断続的に雪が降り続き、行動ができないまま9月14日にはC2自体に雪崩の危険性が高まってきて、やむなく登頂を断念し、BCに全員が帰着しました。
これをもってトリスル1峰の登山活動を終了することとします。
ご支援、ご声援いただいた皆様には厚く御礼申し上げます。

9月22日
18日のBC撤収に向け、17日中にポーター達がBCに上がって来る予定でしたが、到着せず、18日の午後になって到着し、したがってBC撤収が19日にずれこみました。
17日は終日、雨。18日はみぞれから雪になり、周りの山も冬山の様相となり、BCも私たちが到着以来、初めて雪に覆われました。午後からは雷鳴が轟いて、バケツをひっくり返したような雪がテントを襲い、突風が吹いてキッチンテントやダイニングテントが潰され大騒ぎ。以前も経験したことがあるのですが、懸垂氷河などの上に溜まった雪が一挙に落ちたのかもしれません。
19日、BCを撤収して帰りのキャラバンが始まります。下るに従って、雪は雨になり、もともと踏みあと程度だった道も川になり、飛び石で渡れた所も激流で、ロープを張っての膝から腰の渡渉となり、全身ずぶ濡れ。いたるところで斜面が崩れ、そこに巨岩がひっかかっていては、いつ落ちてくるやも知れずハラハラドキドキ。
思えば、20年前、トリスルから50Km程離れた場所で、別動隊の下山ジープのフロントガラスに人頭大の岩が飛び込み、1名死亡2名重傷。あのときも天気が悪かった。どうも私はインドとの相性が良くないらしい。
屋根があるところで泊まろうと最奥の村まで頑張り、最後尾が到着したのは午後9時前でした。
20日は雨も上がり、青空ものぞいています。今日中には車道の終点に至り、歩きも終わりかと思うとポーターもスタッフもウキウキ。私たちも疲れた体にムチを打って、幾つもの谷を越え、山を越えました。やはり至るところで土砂が崩れ、木々がなぎ倒され、中にはまだパラパラと土砂が落ちていて、今にも山が抜けそうな箇所もありました。
それでも、午後になってやっと車道の終点の村に到着し、ヤレヤレと思ったのですが、村人の言うことには、20Km先のジープの拠点となる町ガートとの間の道路が寸断され、ジープが上がって来れないと…。
仕方がありません、もう一晩、キャンプです。1時間ほど下った川のそばでキャンプ。川がゴウゴウと流れていました。
21日も晴天で、標高が下がったこともあって、強烈なインドの日差しが戻ってきました。
車道とは対岸の古くからの山道を行きます。この山道も小規模な崩れはありましたが、急ごしらえの車道とは違って、被害も小さい。
昼前にガートに着き、デリーからの迎えのバスが来ているはず。でも、バスは17日にデリーを発ったにもかかわらず、まだ途中で立ち往生していると言う。
仕方がないので、ジープをチャーターして進めるところまで進み、あとは歩いてこの地方でも比較的大きな町のスリナガルにたどり着きました。

9月24日
スリナガルに着いた時には明日(22日)にでも道路は開通するだろうとのことでした。それなら20Km程先で立ち往生しているバスも昼頃にはやって来て、デリーに戻れると楽観的に構えていました。
それがシェルパが持ち帰った情報では、一両日の開通はとても無理とのことでした。
それで、急遽、ポーターをかき集め、ジープをチャーターして、22日の昼前にスリナガルをスタートしました。
あちこちでずいぶん土砂崩れ、道路の崩壊がありますが、なんとかジープサイズの車が通れる幅は開けてあります。しばらくして不通箇所の先端に到着。両側から2台の重機が土砂の取り除きをしています。さすが大国インドです。ネパールではおそらく人力でやっていることでしょう。
いまだ土砂や岩がパラパラと落ちてくる中で作業が続けられていました。その間を縫って、こちらからも、あちらからも人が渡って行きます。通れる時に通っておかないと、人もいつ通行止めになるかもしれません。
バスが待っているのは3Km程先ですが、その間にはたくさんの土砂崩れ箇所があり、そのうちの一ヵ所では重機が横転していました。私の目にはとても2、3日での復旧は無理で、バスやトラックが通れるようになるには大国インドをもってしても2、3週間かかるように映りました。
当初の情報では1500台の車が開通を待っているとのことでしたが、さすがに5日目ともなると、引き返した車が多いようで、2~300台の感じです。
やっと迎えのミニバスに合流できました。5日間も車中で過ごした使命感溢れた(?)運転手も喜んでいました。
早速、デリーに向けて出発です。インド平原がはじまるリシケシまでまだ100Km以上恐ろしい山道が続き、崩れたところ、崩れそうなところもたくさんありましたが、幸い不通区間は無く、夕方にはリシケシに到着。ホッとしました。ここまで来ればデリーまでの間、山はありませんので、土砂崩れ、落石の心配はありません。川が溢れても迂回路がありますのでもう大丈夫です。
19時頃、ハリドワールに到着。雑踏、喧騒のインドに戻ってきました。
今日23日、ハリドワールからデリーに向かっています。道路も大丈夫なようで、今日中にはデリーに到着できそうです。



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