« 高島トレイル15回&全コース完歩! | トップページ | 中米タフムルコ山 2012年1月 »

るみこのマナスル日記(2011年 8月~10月)

C01img_1477

【斉藤るみこ】

2007年から毎年カランクルンの遠征に参加し、6000m峰、7000m峰と登ってきました。そのななかで、ヒマラヤの魅力に惹かれてゆき、8000m峰にも登ってみたい、と本気で思うようになり、今回思い切って挑戦してみました。
諸事情により、今年のカランクルンでの秋の遠征は難しいようでしたので、個人で参加できる公募隊を探して申し込みました。企画したのはHIMEXという会社です。

・高所用のトレーニングとしては、富士山に3回のテント泊、低酸素室の利用を4回をやりました。
・語学は、英語とネパール語を主に勉強していきました。どちらもCD付の本を購入して、出発まで毎日聞いていました。
・メンバー ・・・参加者: 22名(うち日本人4名)、スタッフ: 総隊長1名、ガイド6名、ブログ担当1名、医者1名 、以上30名。これ以外に、シェルパとキッチンが約30~40名ほど。シェルパも人数多く、担当のシェルパはリタ・ドルジェでした。

27-Aug-11 12:30 Kathmandu !
Saturday
ようやく待ちに待ったカトマンズ(ネパール)に到着! 日本での準備に追われここ数週間はとても慌ただしかった。やれやれひと段落。ホテルで今回の他のメンバーと合流。メンバーは、イギリス人9名、ロシア人1名、アメリカ人1名、フランス人1名、ドイツ人1名、オーストラリア人1名、ラトビア人2名、ネパール人1名、南アフリカ人1名、日本人4名、の計22名とガイドが6名だ。それに、ブログ担当者1名と医者1名。女性は私を含めて2名で、あとはお医者さんのスペイン人が女性。シェルパ達は、3日前にすでにベースキャンプ入りしており、整地やダイニングテント、トイレテント、シャワーテントなどの設置を開始しているらしい。

28-Aug-11 all day Preparation!
Sunday
今日は、朝9時から全員でのミーティング。明日サマガオン(3530m)にヘリで入るので、手荷物は5Kg以内、預ける荷物は20Kgまで。それ以上の荷物は各人に与えられたタルに詰めるように指示される。タルの重量は30Kgまで。しかし、そのタルは陸路で送るので、一週間後にしか届かないためサマガオンですぐに必要な物は入れないようにとの注意あり。
15時までにすべての計量を済ませるように言われる。それまで少し時間があるので、ボダナート寺院に安全祈願をしに行き、その後、タメル地区に行き、買い物と昼食を済ませてホテルに戻る。
荷物を詰めて計量をしてもらうが、ヘリに乗せる荷物が2Kgオーバーしている。日本人メンバーで荷物重量に余裕のある方に頼んでその分を入れてもらい、なんとかパスする。やれやれ...

Img_2546

29-Aug-11 8:00 Samagaon village!
Monday
朝5時、ホテルのロビーに荷物を持って集合。空港に行き、4~5人ずつヘリに乗り込む。朝は雨が降っていたが、乗り込む頃には止んでいた。45分ほど乗車し、サマガオン村に全員無事その日に到着。大きなダイニングテント2張りと宿泊用テント17張りがすでに出来上がっている。ここでは、2人でひとつのテントを使用。私はラトビア人女性と一緒のテント。
夕飯時には、皆で顔を合わせて食べるので、なかなか圧巻! いろんな国の言葉が行き交い、とても賑やかで騒がしい。自己主張しないと、ご飯が回ってこないので、大声で主張しゲットする。お替りは早いもの勝ち。

30-Aug-11 9:00 Acclimatization !
Tuesday
朝7時起床、8時朝食。9時から高度順応のため、2時間ほど近場の湖(3700m)までトレッキングに行く。ゆっくり歩いているのに息がすぐに上がってしまう。昼にはテント場に戻り、昼食後はゆっくり過ごす。今日は天気がよく、日が差しているので、洗濯をして過ごす。イギリス人ガイドが、手動のエスプレッソマシーンを持ってきていて器用に入れて振る舞っていた。スペイン人の女医さんは、とても明るくて声も大きく、朝から超ハイです。
私以外の女性登山者のラトビア人は、ロシア語で話をしているのでなかなか話かけづらい。もちろん英語でも話はしてくれるのですが...

31-Aug-11 9:00 School!
Wednesday
今日も9時から高度順応のため、4400m付近まで行く予定。サマ村を抜けたあたりに野口健氏が設立した学校があった。少し覗いてみた。小さな教室が5つほどあり、ホワイトボードと木の机とイスがありそれぞれの学年に分かれて勉強している様子。野口氏が送った日本のランドセルは、各生徒の傍らに置いてあり、各人の勉強道具が入っているようだ。
外で勉強している子もいたので、教科書とノートを見せてもらうと算数と国語をやっているようでした。ネパール語のアイウエオすらあやふやな私には難しすぎる。
今日の行程は6時間ほどなのだが、私は1時間ほど歩いたところで胃が引きつるように痛くなり、テン場に戻り休養する。毎年高度の影響はいろいろ出るのだが、今回はどうも胃にくるようだ。胃薬を飲んでみる。

1-Sep-11 9:00 Gompa!
Thursday
朝から晴天! マナスルの前峰あたりがテン場からよく見えている。今日は休養日で、近くのゴンパ(チベット仏教寺院)にお参りに行く。
昨日の内に、今日のプジャ(祈祷)のお願いを頼んでおいたのだが行ってみるとラマはいない。この村のロッジのサウニー(女主人)に奥の住居らしき場所へ案内してもらう。そこにラマ(僧)はいたのだがプジャは、朝8時と夕方4時にしかやらないので、今はダメだ、と言われる。仕方がないので、今日の夕方4時にもう一度来ることを告げてテン場に戻る。
今日も天気がいいので洗濯をする。
午後4時になり再度ゴンパに行く。今度はドラを鳴らしてお経を唱えてくれた。しかしこれは登山客用ではなく、毎日のお勤めのようだ。
ラマ(推定70歳後半)は来客がうれしいのか、何か言っては笑い、また何か言っては笑い、ご機嫌のようだった。最後にビスケットを出して来て、持って行け、もっと持って行けとたくさんくれた。ありがたく頂戴した。
このあたりはチベットに近いせいか、時々チベット語のあいさつのタシデレー、と返答されることがある。
今回のシェルパやキッチンスタッフはすべてクーンブ地方から来ているそうでネパール語も話すが、常々の会話は、チベット語系?シェルパ語で話をしている様子。
これは何と言うのか? と質問すると、まずシェルパ語での呼び名を教えてくれる。そのあと、ネパール語では、こうだ、と2つ一度に教えてくれるのでどっちがどうなのか分からなくなる。

2-Sep-11 12:20 Basecamp!
Friday
朝7時、BC(4660m)に向けてサマ村を出発。
今日は一日で標高差約1200mを登るので、ハード。天気は、ありがたいことに結構いい。曇りのち晴れ、といった感じ。ガイドさんがゆっくりと行ってくれるので、それについてゆっくりと歩く。爽やかな風が吹き、快調に進む。
12時20分ごろ、ベースキャンプ無事到着。私たちのキャンプサイトは既に出来上がっていて、ダイニング・倉庫・トイレテント・シャワーテント・通信テントの大きなテントが11張りと、参加者とスタッフ用の個人テントが約40張りある巨大なベースキャンプだ。
皆同じ色と形のテントなので、迷子になりそう。自分のテントが分からなくなるので一応目印の赤布をつけてみた。このテントで、これから1ケ月近く自分の部屋とて過ごすことになる。
少し離れたところに、スペイン隊のBCがすでにあり。10ケ国語が飛び交っているので、世界中を旅している気分。一応、各国のあいさつだけは教えてもらいあいさつをしてみる。

Img_2748

3-Sep-11 all day Niceview!
Saturday
朝7時、キッチンがあいさつと共に、モーニングティーを持ってやってくる。
朝から超快晴。真っ白なマナスル前峰がすぐ目の前にきれいに見える。デカい! それ以外に、ナディチュリ峰やチベットの国境のサムド峰などの峰々がきれいに見えている。
朝食後、天気がいいので、テントの張り直しをする。張り綱を張り直し、フライを張りなおす。息が切れるので、ボツボツやる。
午後になり、ポーター達がぞくぞくと登ってきた。カトマンズで発送しておいた別送品のタルがようやく届いたのだ。やったあ、待ってました。日本食や個人食などはすべてそこに入れていたので、緑茶やみそ汁やお吸い物が恋しくなっていた。
さっそく飲んで、うーんやっぱりコレコレ、おいしい~。ちょっと元気が出た気がした。30人ほどのシェルパ達は、ネットを作って、バレーボールをやっていた。

4-Sep-11 9:00 Puja!
Sunday
今日は下からラマ2名が馬で登ってきて、プジャをしてくれる予定。
キッチンは、大量のお供え物を作るため早朝からバタバタしている。
石垣の祭壇には、香木が炊かれ、赤布が引かれ仏の肖像画が飾られている。お米やバターお菓子ジュースビールお酒なども所せましと並べられている。
あとは、私たちの登山用具を安全を祈願してもらうため、一人ひと品づつ祭壇に並べる。それにひとつずつバターを付けてくれる。
あと、マナスルやヤクや仏塔をかたどった小麦粉の練り物も並ぶなかなか精巧にできている。かわいい。
キッチンが何やらせっせと練っていたものは、このお供え物をつくるためだったのか。
太鼓と鐘を鳴らしながら、読経が始まった。プジャの後半になり、タルチョ(五色旗)が大きく広く張られた。このプジャは、約2時間行われた。
無事終了し、顔に小麦粉の粉を塗り合い、サーダーからひとりずつ登頂祈念のための赤いヒモを首にくくりつけてもらう。うれしい。。ビールやお酒もふるまわれた。
その後、シェルパ達は肩を組み合い、歌を歌いながらシェルパダンスを始めた。なかなかいい。途中参加者たちも加わり踊る。
シェルパもキッチンも参加者もとにかく多いので、何かをやるとなると賑やかで華やか。午前中いっぱいこんな感じ。
昼からは、シェルパ達は相変わらずバレーボール。
私は音楽を聴きながらゴロゴロとテントで過ごす。まだ胃腸の調子がイマイチなので、胃腸薬を飲む。

5-Sep-11 8:30 Confirmation!
Monday
朝6時過ぎからシェルパ達はC1へのルート工作とテント設置に出かけた。
私たちは、朝8時半から、ギアの確認とフィックスロープ通過のトレーニング。ハーネス、ギア、高所靴、オーバー手袋、ザックを身に着けて全員集合。
テントサイト近くにロープを張り、登り、下り、トラバース、懸垂などをやる。主にセルフビレイとユマールの使い方での注意があった。
ジュマ、ジュマとガイドさんが言うので、なんだろうと思っているとユマールのことだった。昼までそのトレーニングをした。
昼までにシェルパ達は戻ってきていた。
明日はC1往復の予定。
昼からは自由時間で、隊のソーラーバッテリーでパソコンを充電しようと思ったら、ここのところ曇りでバッテリー不足で充電できない、と言われる。残念。明日に期待しよう。
Img_2979

6-Sep-11 7:30 C1 Touch!
Tuesday
今日は朝6時起床、7時朝食、7時30分C1(5400m)に向けて出発。天気は良い。所要時間は、3時間~5時間だと言われる。
氷河が出てくる場所まではガレ場を行く。氷河が出てくる場所からはアイゼンを付けて進む。ゆっくりとガイドさんに付いて歩く。スピードはゆっくりなのだが、とにかく息が切れる。クレパスが多く、フィックスがほとんど張られていて、セルフを取りながら進む。時々クレパスを飛び越える。
時間が立つにつれ、だんだん気温が上がってきて、雪が緩み、ダマになり重い。
12時半ごろ、無事C1到着。うー、空気薄い。手先が少しシビレている感じがある。30分ほど滞在し、下山にかかる。15時頃、ベースキャンプに戻る。
キッチンがスープヌードルを用意してくれる。
私たち日本人用に、わざわざニンニクと唐辛子抜きの味付けをしてくれたようだ。いつもニンニクがすごく効いていていて、食べずらいので、うれしい。お腹にもやさしいので安心して食べられた。
18時から夕食。
親日家のアメリカ人ウォリーさんに、気になっていたジュマ(ユマール)について聞いてみた。なぜ、アッセンダーではなくジュマというのか? アッセンダーというのは、いろんなタイプがあり幅の広い意味を差し、ジュマもそのひとつ。しかし、ジュマというと、アッセンダーの中でもユマールそのものだけを指すのだ。もともとジュマというのは昔の商品名だったのだが、その言葉自体がユマール器具をさすようになったのだと。例えるなら、アッセンダーが日本語の車だとすると、ジュマは日本語のトヨタのようなものだと言っていた。
ようやく謎が解け、スッキリ! 昨日から気になって仕方がなかった。よかった。

7-Sep-11 all day Disposable Toilet!
Wednesday
明日から3泊4日でC1に順応に上がる予定。朝8時半から、C1での説明があった。C1には、テント、シュラフ、ガス、食器、携帯用使い捨てトイレがあり、ガスの使い方の説明や、トイレは使用後ベースキャンプまで各自持って降りること、などの説明があった。
自分で持って上がるものは、エアマット、食糧、防寒着、テルモス、トイレットペーパーと行動食ぐらい。余力のある人は、上部用のダウンスーツなどを上げるようだ。 ガイドさんが用意してくれていた、日本食のフリーズドライ食を各自要る分だけ(3泊分)取って用意した。
アルファー米・餅・パスタ・にゅうめん・どんぶり物・雑炊・カレー・ スープ類など。

Img_3250_2
8-Sep-11 16:30 C1 Stay! No.1
Thursday
今日はC1に向けて、11:45ベースキャンプ出発。なぜか、隊の方針で、早めの昼食を食べてからの出発。16:30、C1到着。
テントが15張りほど張られていて、空いているテントに入る。2人でひとつのテントを使用。私は幸い、数の関係でひとりでひとつのテントを使用させてもらえた。ラッキー! とりあえずエアマットを引いてガスを炊いてお茶を飲む。
夕飯は、にゅうめんと白米と牛とじ丼。デザートに甘酒を飲んだ。この甘酒がフリーズドライながら超ウマい!甘さがなんともいい具合。2つ持って上がっていたのだが、あまりのおいしさにイッキに2つも飲んでしまった。
そうこうしてる内に薄暗くなってきた。女医のモニカさんが、各テントに体調チェックに回ってきた。
頭痛はないか、吐き気はないか、食欲はどうか、など聞かれた。この女医さんは、いろんな高所登山の経験があり、今回も上部まで 一緒に行き登頂までされるのではないか、という話です。
声がハイトーンで、よく歌を歌い、いつも超ハイな方です。夜中でもいつでも調子が悪くなったら、モニカー!!と呼びなさい、とおっしゃってた。

9-Sep-11 all day C1 Stay! No.2
Friday
今日は一日ここにステイ。天気はいい。朝食は、にゅうめんと白米。昼食は、カルボナーラを食べた。なかなかいける。
日中は、暑くて、テント内に居るのが苦痛。シュラフを干したりして過ごす。夕食は、中華丼と白米。

10-Sep-11 9:30 C1 Stay! No.3

Saturday
今日の予定は、朝7時からC2に向けて順応に上がる予定だったが、昨夜にC1に15センチほどの積雪があり、BCでも積雪があった模様。なので出発を遅らせることになった。朝9時半出発。この日は、雪崩の心配のない場所の約5600m付近までの行動となった。日中はいい天気で、日差し強く、歩いていて非常に暑かった。
C1に戻り、今日の昼食は、にゅうめんとあべ川餅。夕飯は、赤飯となめこのみそ汁。

11-Sep-11 6:30 C1 Stay! No.4
Sunday
昨夜の雪が少なかったので、今日は6000m付近までの順応に上がる予定。私たちがC1に入った日に、すでにC2まで出来上がっていたようだ。
朝6時半出発。セラック帯の急登を息を切らしながら、ユマーリングで上る。6000m付近で30分ほど滞在し、下山にかかる。今日はこのままBCまで降りる予定。
C1に戻り、エアマットやヘッドランプ・テルモス・残った食糧など次回使用するものは、そのままC1デポし、ゴミや使用済みトイレなどを持ち下る。
14時頃BCに戻り、BCで遅めの昼食を摂る。今日の夕飯には、なんと、分厚いポークステーキ! 鉄板に一人づつ音を立てながら出された。これには、ビックリ!! この隊は食べ物にはかなりこだわってるなあ? とつくづく感心した。この鉄板だけでも、相当な重量だよなあ? などと他の方々と話していた。
確かに、何日かに一度、下の村から新鮮な野菜がポーターによって運ばれてきて、毎日のようにBCでは、新鮮なサラダが出ている。

12-Sep-11 15:00 Guest!

Monday
今日は休養日。朝からいい天気。まず、洗濯・テントの掃除・洗髪・登山道具の乾燥、などをする。
昼からは、日本人メンバーS氏の知人が、別の隊で昨夜BC入りしたので今日あいさつに来られた。埼玉県の超ベテランの3名の方々でした。 お茶とお菓子を食べながら、少し話をお聞きしました。それともう一隊、日本隊AGの10名が今日入ってこられた様子。今回日本人チームは、私たち以外にこの2隊だけのようだ。

13-Sep-11 Coversation!
Tuesday
今日も休養日。天気は雨。日本人の他のメンバーは、AG隊へ遊びに行った。私は行かずに、ネパール人で英軍に所属しているマニさんとダイニングで話をして過ごす。
マニさんは、自国ネパールの山を登るのが今回初めてだと言っていた。今回は英軍のチャリティー活動の一環での登山らしい。英軍者は今回全部で10名含まれている。各国を転々と数年ごとに移動するらしく、ネパールの事以外にいろんなお国事情を話してくれた。日本にはまだ行ったことがなく、ぜひとも富士山に登りたい、とおっしゃってた。赴任先の山のキナバルでは、トレーニングでいつも走って登っているとのことで富士山マラソンについても、よく御存じで、ぜひとも参加したい、とおっしゃってた。

14-Sep-11 Postponement!

Wednesday
今日からC2へ向けて出発予定でしたが、C1からC2へのセラック帯のフィックスが悪天でダメになったので、昨日シェルパ達がやり直しに上がり、別のルートが出来上がったのだが、シェルパ達の休養の関係で出発は明日へ延期になった。
先日ジュマについて聞いたアメリカ人のウォリーさんが、昼ごろザックを担いてどこからか帰ってきた。ほどんどの人はテントで寝て過ごしているのに、不思議に思いどこへ行ってきたのか聞いてみた。
サマガオンへの道を下り、ジャパニーズベースキャンプあたりまで降りて、今度はゴミ拾いをしながらこのベースキャンプまで登ってきたらしい。彼にとって、いい順応行動なのだ、といっていた。ゴミが気になり拾っていたら、スーパーの袋で2袋にもなったよ、と言っていた。体力あるなあ!

15-Sep-11 Rainy day!

Thursday
今日はC2へ向けて上がる予定だが、朝から結構な雨。我々日本人チームは、出発を明日へ変更。他の外国の方々は全員今日出発。昼食後、彼らは出発していった。
昼からは我々だけとなり、とても静か。14時から、明日からの上部食糧を準備する。フリーズドライのにゅうめん、パスタ、赤飯、親子丼、雑炊、甘酒など前回おいしかったものをチョイスする。
明日からは、C1に1泊、C2に2泊の予定で、C3タッチ後BCへ戻る予定。今日の夕食は、日本食を自分たちで作ることにした。要望のあった、チキンカツを作ることになった。
夕方4時から、圧力なべで白米を炊き準備にかかる。メニューは、オクラのおひたし、大根おろし、しょうがおろし、ナスの素揚げ(味噌ダレ)、チキンカツ、キャベツの千切り、白ごはん、味噌汁。材料は、キッチンにあるもので調達。調味料のトンカツソース、味噌ダレ、カツ節、味噌汁、しょうゆ等は日本から持ってきていたものを使用。
パン粉は無いので、食糧倉庫にあった、カチカチでちょっとカビてるパンをカビの部分を切り落とし、中心部分をチーズ用おろし金でおろして作った。チキンは、氷河の氷で氷冷保存されているものを使わせてもらった。う~ん、カツはなかなかうまく揚がったじゃん。サクサクに出来てる~いい感じ。
19時前になんとか出来上がり、皆で頂く。トンカツソースや味噌ダレがとてもよく合う~結構いける~懐かしい日本の定食風夕飯だった。

*今回の通信について
この通信は、隊の通信システムBGANというのを使って送ってる。衛星経由でインターネットにつないでいるようだ。4mくいらいの大きめのアンテナが外に立っていて、受信機がテントの中にある。インターネット回線がその受信機から出ていて、それをパソコンにつなぎ使用する。個人的に使う場合は、SIMカードを登録し、それを受信機に入れ、通信容量により課金されてゆき、登山終了後に清算し、支払うことになっている。電源は、ソーラーなので、天気が悪いと電力不足で使用できない。

*医者について
今回この隊には、医者がひとりいる。このBC全体で医者が居るのは、私たちのこの隊のみのようで昨日、他の隊の調子の悪い方が、診てほしいと来られていた。現段階で、このBCには約19隊が入っているようで、シェルパを合わせて総勢約200名。これから先、私たちの隊だけでなく他の隊の方でも何かあれば、この女医さんがすべて面倒を見ることになるのだろう、と思い、大変だなあ、とも思った。

16-Sep-11 8:00 To C2 !
Friday
今日からC2へ向けて出発。朝8時BCを出発。今日はC1(5400m)泊予定。私は歩き始めからコンディション悪く、体全体が鉛のように重く、足が動かない。遅れてトロトロ進むが、あまりにツラく、時間もかかってしまうので、半分くらいの所で、一緒についてくれているガイドさんにBCに降りてもいいですか?と聞いた。症状を聞かれるが、自分では、風邪?胃腸風邪っぽい気がする、と返答した。熱を測ってくれるが、無さそう。一応この葛根湯の粉末を飲んで、C1までがんばりましょう、と言われしぶしぶ飲む。ゆっくりでもいいからC1へ行って、明日の朝の調子を見て考えましょう、と励まされて、めちゃくちゃスローペースで何とかヘロヘロになりC1へ15時半頃到着。うー、吐きそう。
胃腸に相当キテる感じで、胃腸薬ももらって飲む。高所では、カゼ薬を飲むことはよくない影響が出るので飲まない方がいい、と言われたが、あまりにもシンドイので、何度も頼んで1回分だけもらって飲む。
水分をとにかく多く飲むように、そして、すぐには眠らないように、との注意を受けた。気持ち悪くて食べられないので、食糧として持って上がっていたお吸い物、紅茶、みそ汁、甘酒、ハニーレモン、など水分系を飲んだ。

17-Sep-11 13:00 C2(6300m) !
Saturday
朝3時半起床。雪から水を作る。行動用の水と朝食用の水。なかなか時間がかかる。体の調子は、うーん、マズマズ。昨日のヒドイ吐き気は、ひとまず無くなっていた。
後は歩いてみないと分からない。
朝5時C1(5400m)出発。
Img_4084

シェルパ2名がBCから私たち日本人チーム用の護衛に上がってきてくれていた。歩き始めて、調子は、、うーん、まずまず。歩けないことはないので、一安心。昨日は辛くて半分泣きながら(心の中で)歩いてたので、それに比べるとずいぶんいい。急なセラック帯がほとんどC2まで続く。セラック帯のフィックスは何度か崩壊したためこれが、3回目の修正ルート。長いユマーリングに疲れてくる
シェルパ達が、ジュモジュモと言っている物は、ジュマつまりユマールの事でジュマを訛って発音しているようだ。クレパスを何度か飛び越え、一部ハシゴがかかっていて、大きなクレパスを通過する。ハシゴの通過は、エベレストの映像で少し見たことがあるくらいで自分で渡るのは今回が初めて。バランスを取りながら、2本のロープにつかまり、慎重に渡る。アイゼンの刃があるので、うまく足を乗せないと不安定。13時、C2無事到着。うー、、よかったー歩けた。C2に到着できたーというのが正直な感想。時間的にも、それほどの遅れなく到着でき、一安心。ガイドさんも周りの方々も一安心、だったと思います。明日はC3タッチの予定。
とにかく水分補給、できれば一日4Lは飲むように、との指示を再度受ける。ここC2で、一日先に出発していた他の外国人グループと合流した。彼らは、昨日C2へ到着し、今日は一日C2で休養していた。

18-Sep-11 10:00 C3 Touch!

Sunday
朝7時C2出発。朝から天気はいい。
C2からの眺めよく、ヒマラヤの白い峰々がよく見え、ヒマラヤのど真ん中に今居る~という感じ。。すばらしい!景色!ビーコンチェックを受け上部へ向かう。クレパスを何度か飛び越え、比較的なだらかな斜面を登る。6750mのC3に、10時無事到着。
今日も体の調子は悪くない。よかった! マナスル前峰が手に届くほど近く見える。一時間ほどC3に滞在し、順応させてから下山開始。
11:30、C2に戻る。
途中、日差し強く、非常に暑く、雪も緩んで歩きづらかった。そこへ、他の隊のシェルパらしき男性が登ってきていて、水をくれ~と悲壮な顔で頼んできたので私のポカリの残りをあげた。その人自身でも水を持っていたのだが、あまりに暑いので途中で全部飲んでしまったらしい。
C2に戻り、ひたすら、水分補給のための水を雪から作る作業に追われる。今日の昼食は、にゅうめんと甘酒。夕飯は、にゅうめんとコーンポタージュ。まだあまりお腹の調子が良くないので、ご飯系は避ける。あとはひたすら、ポカリスエットと緑茶を大量に飲む。
Img_4384

19-Sep-11 11:00 BC Comeback!
Monday
朝4時頃、シェルパ達が、C4建設のためにC2に上がってきた。酸素ボンベを大量に運んでいった。私たちは、朝7時、C2出発。今日はBCまで降りる予定。
急なセラック帯を今度は下ることになる。懸垂するほどではない部分は、フィックスロープを腕に巻きつけて、そのテンションを利用して下る。
ハシゴの通過は、今度は下りになるので問題だ。
ガイドさんからの注意で、2本のロープを脇に締めるように持ち、自分の後ろ側のロープにテンションがかかるようにして少し前かがみ気味に行け、とアドバイスを受ける。慎重にやってみる。アイゼンの刃が、結構邪魔で、うまくかかってくれないが、ロープのテンションのおかげで、不安定でも何とか進め通過できた。うー、緊張する。11:00、BC無事到着。
早めの昼食が用意されていた。チャパティー、目玉焼き、茹で野菜、魚の缶詰、マッシュポテトのチーズ焼きが用意されていた。やはりBC食は豪華だ。お湯もたっぷり用意されていて、自分で作らなくても、いつでも飲めるのは幸せ~って感じた。夕飯は、また豪華で、骨付き豚肉のステーキ鉄板焼き。それに、サミット祈願のホールケーキ! 植物性だと思うが、生クリームでデコレートされている。
もうひとりの女性のラトビア人は、非常に感動していた。ここの隊の総隊長に、調子はどうか? このBCはどうだ? C2よりも居心地がいいだろう? と気遣って声をかけてもらうが、私は疲れ切っていて、もろ日本語で返答していた。
疲れると、思考停止で、英語で話すのを忘れてしまう。。総隊長さんは、私が何を言っているのか分からないけど、笑ってくれていた。

20-Sep-11 12:30 Limit of Time!
Tuesday
昨夜は、ホント爆睡!!
朝までまったく、起きなかった。シュラフのジッパーも途中までしか締めずに、横になった途端寝てしまっていた。
いつもは途中でトイレに何度か起きるか、喉が渇いて水分補給に目が覚めるのだが、全くそんな事が無かった。それ以上に疲れていたようだ。朝のベッティーで起こされるまで寝ていた。うー、まだ眠い。
目が覚めるよう、パソコンの電源を入れて、大き目の音で音楽でも聞いてみる。ちょっと頭がスッキリしてきた。モンスーンらしく、今日は朝から雨ふり。ネパール語でパニポレ? キッチンスタッフが、いつもシェルパ語とネパール語を食事時にいろいろ教えてくれる。
シェルパ語はチベット語に近い。知っているチベット語(単語)で話しても通じる。
2年前のラクパ・リの時に少し覚えていたので、ほんの少しだけ理解できる。キッチンも、日本語のあいさつ、物の名前などは結構知っていて日本語で話かけくる。逆に、これは日本語で何というのか、ともよく聞かれるのでこちらが教える。他の隊のシェルパ達も、私たち日本人を見ると、こんにちは! お元気ですか? 大丈夫ですか?などと必ず話かけてくる。なかなか皆流暢だ。昼から、アタックに向けての説明があった。人数が多いのと、速度の違いから、2グループに分けアタックする。私たち日本人グループは後発隊だ。
それと、各キャンプごとにタイムリミットを設けて、その時間内に到達しない場合はその時点で、BCに降りること、との説明があった。
BC~C1     5時間以内
C1~C2     7時間以内
C2~C3     4時間以内
C3~C4     7時間以内
C4~Summit   6時間以内
本来は、この時間よりマイナス1時間がリミットなのだが、総隊長の温情で1時間増えているらしい。この隊では、シェルパは共同装備荷揚げとルート工作とアタック時の酸素ボンベを持つ事のみが仕事で、個人装備は持たない。なので自分の装備は自分で担ぎあげる。今まで、私は装備はシェルパに持ってもらうことがほとんどで、それに慣れてしまっていたので、自分の甘さに反省。
自分にとっては厳しい制限だが、ベストを尽くそう。アタックでは、酸素ボンベや水分を自分で担がなくてはならない。なので、下部で自分の荷物が担げる体力が無いとアタックなど到底出来ないだろう、というのがこの隊の考え方です。
アタック時には、酸素ボンベだけでも3Kg以上あり、水も2Lは必要になってくる。

21-Sep-11 8:30 Oxygen mask!

Wednesday
今日もモンスーンらしく天気は朝から雨。朝食後、酸素マスク、レギュレータの配給があった。わたし用に、スモールサイズが用意されていた。イギリス製の、TopOut という商品だ。すべてゴム製になっていて、とても柔らかく、顔へのフィット感はいい。この製品は、空気漏れが少なく効率的らしい。
実際の酸素ボンベにつないで何度か練習する。サングラスやゴーグルをして、これを付けると、顔が隠れて誰だか分からない。C3~C4へ上がる時から使用する。酸素ボンベはひとりにつき4本用意されていて、それ以上は別料金らしい。
しかし、通常この本数以上使用することは時間制限もあるので、ないようだ。その後、アタックへ向けての食糧を用意する。日本食のフリーズドライ食を、各自要る分だけ用意。
アタックでは、C1 1泊、C2 1泊、C3 1泊、C4 1泊、C2 1泊の予定。
私の場合は、上部で固形物が食べられないので、にゅうめん系とスープ系を用意した。15時から、埼玉の日本人チームの方々が再び来客、3種類の海苔巻すしを頂いた。懐かしいお酢の味!おいしい! 彼らの隊には、日本食のコックがいて、何でも作れるらしい。
毎日雨で彼らも動けずにいるらしく、こちらの隊の動向でも見に来られたのだろうか。世間話をしてお帰りになった。

22-Sep-11 8:30 Sherpa!

Thursday
今日の天気は、数日ぶりに日差しがある。雨は上がっている。朝食後、C3から上で各人に付くシェルパとの顔合わせがあった。各人にひとり付く。私に付くシェルパの名前は、リタ・ドウジ。 握手をして顔を覚える。
その後、先発のアタック隊は、出発していった。私たちは明日出発。登頂予定日は9月27日ごろ。

23-Sep-11 9:05 Go Up!

Friday
今日からアタックに向け上部へ向かう。酸素マスク、食糧、ダウン上下、ダウンミトン、ゴーグル、水2L、行動食、エアマット、デジカメ、ビーコン、無線機テルモス、ヘッドランプ等を背負う。けっこう重い。しかし、今日は順調に歩く。
C1に13時45分着。所要時間4時間40分。
制限時間5時間以内なので、無事クリア。やれやれ一安心。出発と到着時間は、すべて無線でBCとガイドがやり取りして事細かく記録しているのでごまかしは利かない。
今日はC1泊。テントに入り雪から水を3L作る。出発する前に、キッチンが、教えたシェルパ語が上部では役立つだろう、がんばれよ、という意味合いの事を言ってくれた。励ましてくれてるんだろうと思った。この日の食事は、甘酒、お吸い物、にゅうめん、以上。

24-Sep-11 Deep Snow!
Saturday
昨夜は一晩中雪が降り続いていた。夜中にトイレに起きると、うわー何これ! テントからすぐには出れない。30センチ以上は積もっている。雪をかいてから、外へ出る。トイレに行くにも一苦労。
テントが埋まらないように、テントに積もった雪を落としてから入るが、またすぐに積もってくる。目が覚めるたびに、テントをたたく。
今日はC2に向けて、5時半の出発予定。なので、朝3時半起床。しかし、この大雪の中、出発するのかどうか分からないが今の時点で中止の連絡はないので、準備する。
雪から水を作り、朝食はコーンスープ、カルボナーラ、おしるこ、ビスケット。5時すぎ、ようやくガイドさんより、降雪が止まないのでしばらく停滞、の連絡あり。
5時半にBCからシェルパが数名上がってくる予定なのだが大雪のため遅れているようだ。7時頃、ようやくシェルパがC1に到着。テントを掘り出してくれる。7時半、一応今日は雪崩の危険があるため一日停滞が決定。雪は今もドンドン降り続いている。明日もこのまま降り続けばどうなるか分からないらしい。
昼食は、朝残したカルボナーラ、オニオンスープ、玉子スープ、ビスケット、以上。
17時、夕方の天気予報で、前日までの予報とは大きく変化した。このまま数日は雪が降り続けるらしい。なので、このままここに居ても良くなることはないので急遽、今からBCに下るよう指示か下る。
バタバタと下山の準備にかかる。ビーコンチェックを受け、下山開始。フィックスロープも雪で埋まっているので、掘り出しながら進む。途中から暗くなり、ヘッドランプを点けて下る。18:50、BC着。BCにも積雪10センチほどあり。BCの夕飯は、チョウメン、骨付きラム肉、野菜スープ。
雪がここでも降り続いているので、テントが埋まらないように、また窒息しないように、夜中もこまめに雪をはたくように指示される。

25-Sep-11 Weather Change!
Sunday
朝から雪。先発隊も今日C2からBCへ下山してくる予定。14時頃、先発隊全員無事BC到着。彼らを待って全員で昼食を摂る。C2では、積雪50センチはあり、下山途中の深い場所では胸まであったよ? と先発隊のロシア人は言っていた。
夕飯時、総隊長が、天気予報が今非常にめまぐるしく変化していてアタック日の予報を予測するのがとても難しい。
ここ数日は悪い予報なのでアタックへの出発はない。現時点でアタックへの出発日は、なんとも言えないがなるべくいい日を考えるので待ってほしいとおっしゃっていた。総隊長も、頭をずいぶんと悩ませているようだった。
夕飯は、サマ村のサーモンでホイル焼き。これが、めっちゃウマ!

26-Sep-11 Long stay!
Monday
昨夜も少し積雪あり。今朝の天気予報では、良くなることがなく、長期戦になりそうなので 食糧をヘリで補給予定。しかし今日は天気が悪く飛んで来なかった。
今日は全員休養日になったので、シェルパ全員はサマガオンへ下りていった。日本人の他のメンバーは、AG隊へ遊びに行った。私はとても眠かったのでテントで寝ていた。
日程的には、あと1週間ほどの余裕はあるが、その内に天気が回復してから、アタックする日数が取れるのか、期間内に果たして無事間に合うのかどうか、分からなくなってきた。
ジェット気流の位置が悪く、天気は良くても山頂付近は強風になるのでアタックの日を見合わせているらしい。

27-Sep-11 New rope!
Tuesday
昨夜もBCで積雪10センチほどあり。毎日雪。寒いし、いいかげん日の光を見たくなってきた。
ヒマなので今日は日本人でトランプ大会をして過ごすことにした。七並べを午前中いっぱいやった。う? なかなか勝てない。昼食は、日本人ガイドさんが、牛とじ丼、みそ汁、白米をご自分でキッチンで作ってくれたらしい。なかなかマメな方だ。日本の味?、おいしい。
昼からは、埼玉隊の方1名が、こちらの様子伺いにいらした。
シェルパごしに、新しいフィックスロープが今日下から上がってきたのを聞いたらしく、いつこちらがフィックスをやり直し、ルートが出来上がるのか知りたがっているようだった。この大雪で、C3、C4のフィックスはすべて埋まってしまったので張り直しが必要。一応雪の安定を見て、明日からシェルパ達が上部へ張り直しに上がる予定。

28-Sep-11 Sunshine!
Wednesday
今日は朝から、ようやく待ちに待った日差し! 外が明るい! それだけでなんかうれしい。さっそく皆、早朝からシュラフを干し、洗濯したりし始める。私もテントとが湿っているので、中身を全部外へ出して、干して乾かす。あと、洗濯をして干す。今日も埼玉隊の昨日とは別の方が遊びにいらした。
いつ新しいルートが出来上がるのか、いつこちらがアタックをかけるのか知りたがっているようだった。シェルパ同士でいろんな情報が飛び交っていて混乱しているようで、AGの隊長さんも確認にいらした。私は初めてお会いした。
昼からは、結構日差しがあるので、シャワーを浴びる。 シャワーとはいっても、携帯式のタンクにお湯を入れてもらい 手動でポンプアップするとノズルからシャワーがでる簡易的なものだ。日差しが無い時に浴びると風邪をひく。
夜は、皆の気持ちをリセットして再アタックに向かえるよう、立食パーティー形式の夕飯で、お酒やジュースがふんだんに振る舞われた。そのあと、クイズ大会となり、一応参加してみるも、とても難しく、たとえ日本語で質問されてもサッパリ分からない内容。
たとえば、ニュージーランドでノーベル賞をとった人物の名前は? とかパブローアというデザートは何にちなんで付けられたのか? とか、水素爆弾を最初に作った人は誰? などなど. . .
外国人は皆、非常に盛り上がっていた。日本人の中で一番英語のできるK氏に頼って、60問中11問正解! うーん、なかなか??

29-Sep-11 Chance!
Thursday
昨夜か早朝か、ガランガランと鈴の音がしていた。ヤクが上がってきているようだ。朝、外を見てみると、15頭ほど居た。たぶん他の隊の荷上げのためだろう。 朝食時にはもう居なかった。
今日もいい天気。モンスーン明けが安定してきている感じ。朝食後、身体がナマッてきているので少し上部へ散歩に出かける。
昼食は、また日本人ガイドさんが、まぜごはん、味噌汁を作ってくれた。あと私の好きなシバ漬を出してくれた。うーん、シンプルだけど、なんかおいしー。
食後、たわいもない方言の話をしていると、アメリカ人のウォリーさんが明日のアタック出発へ向けての話をしているのが聞こえた。ウォリーさんと私たち日本人は同じ出発のはず。 え、私たち日本人も明日出発ですか?と聞くと、そうだよ、と教えてくれた。
よく聞くと、昨夜、決まったらしい。
昨夜の天気予報で、サミット日は10月4日と5日の2日間が快晴無風になる予報で、それに合わせての出発が急遽決まったようだ。
予報は急激に変化しており、昨夜また急に変わったようだ。今回は、前回の先発隊と後発隊の出発を入れ替え、私たち後発隊が先に出発し、先発隊が今度は後発隊になるらしい。私達は、急遽、明日の出発へ向けてバタバタと準備を始めた。シェルパ達は今日C2まで上がり、そこまでのフィックスはすべて掘り起こしたらしい。C1,C2のテントは、雪でつぶされずに無事らしい。明日からC3、C4のフィックスの張り直しにかかるようだ。この区間は掘り起こすより、張りなおした方が早いようだ。いよいよ明日から、再アタックへ向けて出発。

* 天気予報について
この隊では、天気図や予報を予報会社大手4~5社から購入し、毎日予報と一週間予報や二週間予報などの情報を得ている。それを元に、毎日ガイド6名と総隊長で話合い、行動予定を立てられている。

30-Sep-11 Retry !
Friday
今日から再アタックでC1へ上がる。天気はしばらくは安定する予報だ。5日後のサミット時の天候を予報するのはなかなか難しいらしい。
9:30、BC出発。女医のモニカさんが、絶対にサミットするのよ、山頂からの無線連絡待ってるからね、とハグをして送り出してくれた。モニカさんは、山頂へは行かずにBCで連絡係だ。
今日も天気よく、順調に進む。13:50、C1着。所要時間4時間10分。制限時間はクリア。お吸い物、甘酒、なめこ汁、赤飯をこの日は食べた。

1-Oct-11 To C2!
Saturday
朝3時半起床、5時半出発。 ビーコンチェックを受けスタート。荷物が重たい。しかし、天気はよく、日の出と共に周りの峰々が照らしだされ最高の景色。気持ちを切り替えて、苦しい急登のセラック帯をひたすら登る。休むと時間的に足りなくなるので、ほとんど休まずに登る。登る。登る。息が苦しい。しかしハシゴやクレパス超えでのミスは許されない。慎重に進む。12:30、C2無事到着。制限時間7時間ジャストクリア。ふー! 私にとってはかなり早いペースだったので苦しかった。ヘロヘロ。
しかしC2は標高6300m。しっかり水分補給をしなければ翌日歩けない。雪から水を十分に作る。けっこう時間もかかり疲れた身体には重労働。 固形物が重くて食べられないので、液体物の食事。甘酒、コーンスープ、味噌汁、緑茶、アクエリアスを飲む。あと、寝ながらでも飲めるよう、プラティパスのチューブタイプを使用し、なるべくこまめな水分補給に努める。

2-Oct-11 To C3!
Sunday
朝4時半起床、6時半出発。朝食は、わかめスープと緑茶とビスケット少々。担ぐ荷物を減らすため、ダウンウェア上下を着てスタート。10時半、C3到着。所要時間4時間。制限時間4時間ジャストクリア。うーー、よかったあ。ここまでが、荷物が多い区間で、私にとっては難関だったのでクリアでき、一安心。ここの標高は6700m。
他の隊では、この標高の睡眠時から酸素を使用する場 合が多いらしいが、私たちの隊では、この高さでは酸素を使用しない。この高さで普通に泊まれるくらいの順応が出来ていなければダメだ、というのがこの隊の方針だ。なので、酸素なしで通常に泊まる。ひたすら、水分補給に努める。トイレにいくにも、非常に息が切れる。横になると、とても息苦しくて、寝たり起きたりを繰り返す。

Img_4200

3-Oct-11 To C4!

Monday
朝3時起床、5時半スタート。今日から酸素マスクを付け、酸素を使用しながら登る。レギュレータを酸素ボンベに取り付け、そこからマスクに チューブでつなぐ。鉄製のボンベはズシッーーと重たい。
これを担いで登れるかなあ、と心配になる。しかし、酸素マスクを付け、酸素を実際に出して呼吸してみる。マスクを付け酸素を吸った瞬間、あー、身体がラク?! 即、酸素の力を実感! 重いと思っていた荷物も重く感じない。
スタートして、足も呼吸も重かった身体も、すべてとても軽い! と感じる。なので快適に急登を登る。不思議と疲れない。C4までは、結構な急登が長く続くのだが、苦しさを全く感じない。快調に進み、C4に着くころには、一番目に到着してしまった。
今までずっと最後尾到着を争っていた私だったのでガイドさんや周りの方々が、るみこはどうしたんだ? 何があったんだ? ミラクルか? なんなんだ? 分けが分からない、、といってなぜ急にめちゃくちゃ速くなったのか、かなり不思議がられた。皆が、良い歩きだ、と褒めてくれるのでほっと一安心。アタックさせてもらえそうで良かったあ、と思った。自分でもよく分からないのだが、とにかく疲れないので いくらでも歩ける感じでした。。
テン場に着いた時は、非常に天気よく、日差し強く、私達のC4のテン場からは、山頂が奥にハッキリと見えていました。明日はあそこを目指して登るんだなあ、とつらつらと眺めながら雪から水を作ってた。
夕飯は、相変わらず液体系で、コーンスープ、甘酒、緑茶、以上。他の日本人の方は、酸素を吸うと、お腹の調子が良くなりお腹がすいて困る、と言ってた。
Img_4215



4-Oct-11 To Summit!!!

山頂へアタックする時は、真夜中にスタートし、午前中に登頂して下山するのが通常らしいのだが、今回私達の隊では、雪の状態がいいのと、歩行スピードが全員速いので、それほど登頂に時間がかからない、との考えで、朝5時半出発、との判断になった。日の出と共に出発するらしい。まあ、4時間~5時間で全員登るだろう、との見解だ。
サミット後、全員C2もしくはBCまで下山予定だ。うーん、私自身、昨日はまぐれ? で速かっただけかも、と 不安になるが、仕方がない。
朝3時起床、5時40分出発。私の予備の酸素ボンベを持った シェルパ、名前はリタ、と共に出発。やはり、今日も酸素のおかげで身体は軽い。急登も休まず快調に進む。
天気は、超快晴! ほとんど無風! この上ない好条件! 日本人ガイドさんも、こんな条件のいい時はめったにないよ~とおっしゃってた。日の出と共に、眺めも最高!になる。ヒマラヤの大パノラマの中を歩いている爽快感! 高度感! こまで来れた満足感! 超気持ちイイ~。身体が軽いので、気持ちにも少し余裕がある。
C01img_1480

10時22分、サミット。今年は、雪の状態良く、本当の山頂の数メートル手前までフィックスが張られている。この日だけで100名近くがサミットしたようだ。一応、今シーズンの日本人初登頂者は、私だそうだ。山頂付近は狭く、すれ違うのが難しく、登頂した者が下りないと次の者が登頂できない。なのでサッサと写真だけシェルパに撮ってもらい、下山にかかる。12時頃にはC4に到着。私達の隊の後発隊の方々がC3からすでに上がってきていた。
彼らは、明日のサミット予定だ。次々と、サミットおめでとう、と握手をしてくれる。
ありがとーー、超うれしー。私が今日もいい速度で歩き無事サミット出来たので、いつもはとても厳しいイギリス人のガイドさんが、よくやった、とめずらしく褒めてくれ、ガシっと握手してくれた。
少し休憩し、C2へ向けて、シェルパと共に下山開始。こんな急な斜面上がってきたかなあ、というくらい急な斜面を慎重に下る。通常、C3からC4間は、蒼氷の斜面が続き、非常に難しい斜面であることが多いらしいのだが、今年は、直前に結構な積雪があったため、氷は隠れてしまい、アイゼンがよく効き14時半ごろ、無事C2到着。
めっちゃ疲れたあ~。テントに入るだけでも、息が上がり、しんどい。 ハーネスを外すのも、ゼエゼエ言いながら一苦労。しかし、水分補給を怠るわけにはいかないのでイヤイヤながら、雪から水を、休みながら作り飲む。標高は下がったのだが、疲れているせいか、息が苦しく感じる。疲れ過ぎていて、眠れないので、座ったまま ウトウトしてるうちに、翌朝になった。

5-Oct-11 Come Back to BaseCamp !

Wednesday
朝5時半過ぎると、ようやく薄明るくなってくる。日の出時は、いつも峰々が赤く染まって輝く。何度見ても美しい。思わずため息が出る。今日はベースキャンプに下りるのみだ。身体は疲れているが、今日一日歩けば、大変なのは終わるのでまだ気は楽だ。
朝7時過ぎ、今日は8時半頃にココを出発する、とガイドさんが連絡をくれる。それに向けて準備する。疲れているので、片づけるのも、段取りするのもトロく、時間がかかる。ちまちまと、息をつきながら、ザックに荷物を詰める。今までの順応中に、何度かにわたって荷揚げした荷物を今日一気に持って下る。さらに、5日分の自分の出したゴミと使用済携帯トイレも各自が持って下るので65Lのザックはめーいっぱい。背負うと私の頭より高くなる。うぇーしかも相当重い。仕方ない、ここはヒマラヤ8000m。そう他のメンバーと愚痴りながら担いで下山開始。
急なセラック帯を、デカい荷物を擦りながら、慎重に下る。今日もいい天気だ。
後発隊は今日のサミット予定。早朝は風が強く、アタックのスタートは、少しずらして6時半だと、無線で流れていた。
後発隊メンバーは皆、体力・スピードが非常にあるので今日のサミット後、そのままBCに全員下山予定だ。
私達は、13時半頃、無事BCに到着。日差しが強く暑かった~、荷物も重かった~、足が棒になった~
もう歩かなくていいんだあ~、とにかく疲れた~~
Img_4440

自分のテントの前で、荷物を降ろしていると、女医のモニカが走ってきて、ガシっとハグし、おめでとう! と言って褒めてくれる。総隊長も忙しい中、握手をしに来てくれ、おめでとう、よくやった! と言ってくれた。
その間にも、ぞくぞくと、後発隊のサミットの報告が無線で入っていた。
暑~い高所靴だけは、とりあえず脱いで、軽く昼食を久々のBCのダイニングで摂る。キッチンスタッフからも、おめでとうと言ってもらう。
慌ただしさも終わりホッとしたせいか、ああ、登頂したんだなあ~、と思う。ああ、本当によかったあ~とも思った。
登れたことに対しても、サポートしてくれたガイドさんに対しても、総隊長さんに対しても、隊の他のメンバーに対しても、日本から応援してくれている方々に対しても、いつも励ましてくれる山仲間に対しても。
Img_4445

15時すぎ、今日サミットしたトップ集団がすでにBCに下山。めっちゃ速~い。その後18時頃までに全員BCに無事到着。シェルパ達も全員下山終了。つまり全部上部テントやボンベ等の装備もすべて撤収終了。超速い~
BCは急にガヤガヤと賑やかになる。皆、お祭りモード。あちらこちらで、笑みがこぼれている。体調不良でアタックできなかった数名も、皆を祝福している。
まさか、君(私のこと)がサミットするなんて、非常に驚きだ、と彼らは言っていた。彼らの方が私よりもずっと体力もスピードもあったはずなので、不思議がっていた。ま、私にとってもよく分からないし、そんなこと、どうでもいいや~
夕飯時には、お決まりのサミットケーキ! 夢にまで見たケーキ! うれしい。それを堪能して、満腹~
不安な日々から解放され、安堵感と共に眠りにおちた。

6-Oct-11 Dance!

Thursday
朝7時半、デカい声のあいさつと共にベッティーをキッチンが運んでくる。うー、まだまだ眠い、しぶしぶ受け取るために起きる。
通常は7時にやってくるので、今日は一応気を利かせて、若干遅めに持ってきたようだ。
今日もいい天気で、マナスルのピナクルがよく見えている。昨日は疲れていてできなかった上部から降ろしてきた荷物をザックから取り出し広げて乾かす。汚れ物とそうでもない物とを分ける。
靴の汚れを川で洗って乾かす。アイゼンやピッケル、ストックも乾かす。余った食糧や行動食もまとめる。
今日ぐらいは、ぼーっと寝ていたいのだが、ポーターの関係で、今日中に荷物をまとめ、出さなければならないのだ。
自分たちがこのBCを実際に離れるのは10月8日の早朝なので2日間の必要な分の荷物は残し、それ以外の分を詰めていく。ゼエゼエ言いながら、ダッフルバックにぎゅぎゅうと押し込めて入れる。25Kg ぐらいになり、運ぶのに苦労していると、アメリカ人のウォーリーさんがすかさず声をかけてくれ、手伝ってくれた。やさしい~ありがとう。
彼にとっては、やさしいとかいうのではなく、当たり前の行動のようです。
BCには、昨日上部から降りてきたテントやフライ数十張り分が所せましと広げられ干されている。シェルパ達の使った装備一式も干されているが、人数が多いので圧巻。
朝食後、無線機と酸素マスク、レギュレータを返却する。日本人メンバーS氏は、この酸素マスクをお土産に日本に持って帰りたい~、などと言い始めた。持って帰っても使い道ないよ、というと、次の高所登山の時までの練習に着用し慣れるために使える、といっていた。まあ、通常こんなものを使用する機会は無いので、めずらしいといえばめずらしい物ですけど。。総隊長と交渉しようかなあ~と、本気で言っているようだった。ちなみにこのマスクのお値段は、1個10万円以上です。
夕方4時過ぎから、立食パーティーは早々と始まった。 オードブルの皿が並び、シャンパンのコルクがどんどん抜かれ注がれていく。外人さんはとにかくよく飲む。倒れないのだろうか。ここは標高が4700mぐらいはあるのだが。私も少しだけ注いでもらって飲む。文句なくおいしい。
その後、総隊長が、お祝い用のウィスキーを持って回ってきた。小さな器に入れて各人に振る舞っていた。祝い事なので 断らずに私ももらう。一口飲んだ途端、喉が熱く、うわーキツ~イ。頭がクラクラしてくる。私には強すぎる。ま、明日は休みだしいいかあ~とぼけた頭で思っていた。
そのあと、外の広場でシェルパ・キッチンを含めた全スタッフ・メンバーが集まり、総隊長からのねぎらいと感謝と祝いの締めの言葉があった。お世話になったシェルパに会ってお礼を改めて述べた。 それから先はまたパーティーが再開され、皆写真を取り合っていた。
明日からは、通信テント・シャワーテント・食糧倉庫などが全て撤収され、残るのは、キッチンテント1つとダイニングテント2張りのみになる。夜8時頃になり、シェルパ用ダイニングから歌が聞こえてきた。シェルパ達も無事仕事が終わり、打ち上げのようだ。覗きにいくと、肩を組んで足を踏み鳴らしながら歌を歌っていた。シェルパダンスだ。シェルパ達も皆、安堵感と共にうれしそうだ。ダンスの輪に入れ、入れ、と誘ってくれる。
少し入ってみるが、酔っているので、動くとさらにクラクラするのとシンプルそうな足のステップなのだが、やってみると難しくマネできない。彼らは、際限なく疲れきるまで踊り続けるらしいので適当なところで外れて見物人になる。
ツアンバ(小麦粉)を肩とほおに塗ってくれる。男性は、それでひげを書かれ、白ひげが生えてる~面白い顔になってる~その顔を互いに写真に取り合う。 途中何度かダンスに加わったが、だいぶ疲れてきたので、退散~ 自分のテントに戻り就寝。外人さんは遅くまでワイワイ盛り上がっていたようだ。

7-Oct-11 Clear Away !

Friday
朝7時、今日も元気なキッチンがあいさつと共にお茶を持ってきてくれる。昨日撤収して下山していった隊も多く、みるみる周りのテントは少なくなってきた。いよいよ終わりだな~と感じる。
朝食後、この隊の大きなテントが次々とシェルパ達によって解体されていく。干してあったテント類もすべてタルに手際よく詰められていく。ああ、本当に終わっていくなあ、とそれらを感慨深く眺めていた。少しさみしいような感じがした。
ポーター達が、準備できた物から背負って下っていく。明日の早朝には、私たちもようやく下山する。周りがバタバタしているので、どうも落ち着かない。自分のテントで、1ケ月ぶりに着る軽装の服を用意したり、テント内を掃除したり、パソコンに記録を書いたりして過ごした。 明日は朝6時出発予定。
季節が秋になり、朝の日の出は遅くなり、今は6時ぐらいでやっと明るくなるくらい。
Img_4451


8-Oct-11 Fly Out!
Saturday
朝4時半起床。シュラフをしまい、下山用の服に着替え、マットや荷物をテントから出す。5時半までにすべて片づけて、テントを明け渡すように言われている。まだ外は真っ暗なので、ヘッドランプを点けてやる。5時半までに準備は終了し、ダイニングへ行き、下山用のタトパニ(お湯)をナルゲン容器に入れ準備する。朝食は、シリアルやクラッカーなど、ダイニングにある物を各自適当に摂る。一応ゆで玉子をキッチンが朝食用として用意してくれていた。私は、ゆで玉子と自分のインスタントみそ汁を飲んだ。
6時BC出発。だいぶ明るくなりヘッドランプがなくても歩ける。今日も天気はよく、マナスルはくっきり見えていた。日の出とともにピナクルが赤く染まる。いい景色。
何度も後ろを振り返りながら、下山道を進む。下山するにつれ、緑が多くなる。所どころ、少し黄色く紅葉してきている。
風は爽やか。気持ちのいいトレッキングな感じ。
快適に歩き、8時半、サマ村のヘリポートに到着。だいぶ低い所までようやく降りてきたなあ~ 9時頃第一便が飛んできた。一度に4~5人しか乗れないので、私たちは3便目らしい。
10時20分、3便目が来て、私達日本人チームはサマ村から無事フライアウト。約1時間ほどで、カトマンズの空港に到着。やったあ、ようやく地上に足がついた~、と喜んでいた。
ようやく戻ってきた~と実感。しかしものすごく暑くて、今まで涼しい所にいたので余計にこたえる。 昼過ぎには宿泊先のホテルに着いた。
バスタブがあったので、さっそくお湯をいっぱいに張り、つかる~ ああ、生き返る~~ お湯をたくさん使っても、ここでは制限されないので、存分に使って垢を落としていく。 いままで我慢してきたことなので、なんと贅沢なんだろう~と思ってしまう。有難さ・便利さが身に染みる。1ケ月ぶりに、スッキリ清潔になる。
その後、昼食件打ち上げのため、日本人メンバーでタメル地区の日本料理店「桃太郎」に行く。ビールで乾杯し、カツ丼、ラーメン、餃子、冷奴、焼き飯、うどんなどを頼んで食べる。味はちょっと違うが、かなり日本の味に近く、いける。
そのあとお土産物を物色し、ホテルに帰る。私は航空券の関係で、明日の昼過ぎの離陸だ。なので、BCからバラバラに届く荷物を待ち、今日中に準備しなければならない。ダッフルバック1個だけでは入らないので、EMS便も使用し、2つに分けて日本に持ち帰る予定だ。
帰る時も、なかなかせわしない。他のメンバー達は、明後日の離陸なので、明日一日ゆっくりできるはず。しかも、隊全体の打ち上げも、明日の夕方あるらしい。が私は参加できずに帰るのだ。ちょっと残念。
Img_4282
9-Oct-11 See you again ~
Sunday
朝、私が出発しようとしていると、同室だった女性のラトビア人のクリスティーナが、またどこか世界の山でお会いしましょう~ といってハグをして送りだしてくれた。 うう、ちょっと泣きそうになってしまった。実際は思わず涙がこぼれてた、かな~ タクシーへ乗り込み、カトマンズの喧騒と埃っぽい中を空港へ向かった。
ああ、ネパールともこれでお別れかあ~ また来れるといいなあ~と 離陸する飛行機の中からカトマンズの街並みを眺めながら思っていた。隊の多くの外人さんたちの事も思い出しながら、皆元気で前向きだったなあ~ 明るかったなあ~ 面白い人もいたなあ~ と思い返していた。
そんなこんなで、この日の昼の便で、カトマンズからバンコク乗り継ぎで日本へ無事帰国した。

*今回この山行に参加し、たくさんの貴重な良い経験ができた。またいろんな方に出会い、多くの事を学ばせてもらうことができた。これを忘れず自分の糧として少しでも成長できるといいなあ~
~~~~記録終了~~~



« 高島トレイル15回&全コース完歩! | トップページ | 中米タフムルコ山 2012年1月 »

3. 海外山行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1289826/43310370

この記事へのトラックバック一覧です: るみこのマナスル日記(2011年 8月~10月):

« 高島トレイル15回&全コース完歩! | トップページ | 中米タフムルコ山 2012年1月 »