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宇江敏勝先生と歩いた熊野古道小辺路②

②宇江敏勝先生と熊野古道・小辺路を歩く
2005年11月17日~18日        
坂田晃司 (写真提供)・記

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11月18日
翌朝、6時前に起床し、朝まだきの宿の周辺を散策する。蛇行した川の河岸に民家が蝟集している。つり橋を渡り、小さな学校の校庭にでた。昨夜、吉野さんが、去年廃校になったといっていたが、石垣に書いてあった「ありがとう 北股小学校」のペンキの字は真新しかった。通りすがりの主婦に聞いたが、この集落には30数戸があり、おおかたは林業関係と役場に勤めているひとが住んでいるとのこと。この集落には野迫川役場もあり、野迫川村最大の集落であると、あとで吉野さんに聞いた。野迫川村(のせがわ)は奈良県最奥の、面積は奈良県随一でありながらほとんどが山林の、戸数は700戸あまり、人口2000人余の僻村である。いずれどこかの隣接の町に併合され、人々の住いそのものもこの山あいから消えていくのかもしれない。
宿にもどり、テレビを観ていたが、彼女たちは起きだす気配はない。7時朝食、7時30分出発に間に合わなくなるので恐る恐る声を掛けると、若者のように爆睡していた。
宇江さんは、風邪で熱があるとのことで、今日は同行できなくなった。たいへんめずらしいことであるが、どうやらわれわれ型破り一行の毒気に当てられたらしい。
あるいは、昨夜、温泉で体を温めることができなかったのが原因かも。
ちなみに、宇江さんの着替えの入った包みを間違って自分のザックに入れていたのはMさんだった。昨夜ザックのなかを整理しているとき男物の下着がでてきたので狼狽、そ知らぬ顔をして宇江さんの部屋の入り口のまえにそっと置いてきたらしい。
宇江さんのかわりに吉野さんが、即席の植物学の講義をやってくれた。宿のまわりにあるいろんな楓の落ち葉を拾い集め、吉野さんが用意してくれた古雑誌に各自押し葉をして、そこに名前、生育地帯(標高)、特徴等を書き入れる。自分で標本をつくり常時それを眺めるのが樹木や草花の名前を覚える一番の早道であるという。
いっぱしの紅葉博士になったような気になるから不思議だ。夫婦で草笛も奏でてくれた。われわれもやってみたが、音はでなかった。

出発予定時間を大幅に遅れてしまい、大急ぎで伯母子岳の登山口である大股に車で送ってもらう。途中、吉野さんは、運転をしながら寸刻を惜しむがごとく話を続ける。まず、自分の生い立ちと来し方を話してくれた。両親がはやくなくなったので長男の吉野さんは少年のころから一家の主として苦労したらしい。なんと宇江さんより1年歳上だった。若々しく、とてもそんな歳にはみえない。秘訣を聞くと、何ごとにも興味を抱き、研究する姿勢を貫いたと。今では、紀伊の森林や植物に関して大学の先生から問い合わせがくることもあるという。もらった名刺には、森林インストラクター、自然公園指導員、熊野古道小辺路語り部、樹医と、四つの肩書きが並んでいた。自分でも相当の山林をもっており、間伐や下草刈りに出かけるらしい。とにかく、行動的なひとだ。時間を気にしながらも、途中の平(きのう通った平辻はこのうえの稜線上にある)の集落では、惟盛塚に立ち寄り、塚のうえから宇江さんが働いていたキリクチ谷の作業小屋のありかを教えてくれた。また、実物を指し示しながらの両墓制の話も興味深かった。実際に土葬する土饅頭に木の墓標を立てただけの「ウメバカ」は家から離れた山の尾根にあり、お参りをする立派な墓石の「マイリバカ」は庭先につくられるそうだ。

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吉野さんと別れを惜しんで、大股の登山口を歩き始めたのは9時30分だった。予定より1時間30分も遅れている。五百瀬の三田谷橋に3時30分までに着かなければならないが、M本さんの話によれば、われわれは足が揃っているので大丈夫という。実は、当初、帰阪も昨日のチャーターバスを使うことになっていたが、参加者が少なく割高になるので帰阪は路線バスを利用することとし、宇江さんの口利きにより、十津川町の送迎バスが国道168号線の川津(五条行きのバス停がある)まで送ってくれる手筈が整えられていたのである。

出発予定時間を大幅に遅れてしまい、大急ぎで伯母子岳の登山口である大股に車で送ってもらう。途中、吉野さんは、運転をしながら寸刻を惜しむがごとく話を続ける。まず、自分の生い立ちと来し方を話してくれた。両親がはやくなくなったので長男の吉野さんは少年のころから一家の主として苦労したらしい。なんと宇江さんより1年歳上だった。若々しく、とてもそんな歳にはみえない。秘訣を聞くと、何ごとにも興味を抱き、研究する姿勢を貫いたと。今では、紀伊の森林や植物に関して大学の先生から問い合わせがくることもあるという。もらった名刺には、森林インストラクター、自然公園指導員、熊野古道小辺路語り部、樹医と、四つの肩書きが並んでいた。自分でも相当の山林をもっており、間伐や下草刈りに出かけるらしい。とにかく、行動的なひとだ。時間を気にしながらも、途中の平(きのう通った平辻はこのうえの稜線上にある)の集落では、惟盛塚に立ち寄り、塚のうえから宇江さんが働いていたキリクチ谷の作業小屋のありかを教えてくれた。

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また、実物を指し示しながらの両墓制の話も興味深かった。実際に土葬する土饅頭に木の墓標を立てただけの「ウメバカ」は家から離れた山の尾根にあり、お参りをする立派な墓石の「マイリバカ」は庭先につくられるそうだ。

吉野さんと別れを惜しんで、大股の登山口を歩き始めたのは9時30分だった。予定より1時間30分も遅れている。五百瀬の三田谷橋に3時30分までに着かなければならないが、M本さんの話によれば、われわれは足が揃っているので大丈夫という。実は、当初、帰阪も昨日のチャーターバスを使うことになっていたが、参加者が少なく割高になるので帰阪は路線バスを利用することとし、宇江さんの口利きにより、十津川町の送迎バスが国道168号線の川津(五条行きのバス停がある)まで送ってくれる手筈が整えられていたのである。

今日の行程は、標高1344mの伯母子岳越えである。登山口の大股の標高が600m強だから、標高差700m余の急登だが、ガイドブックなどには頂上からの展望がすばらしいと書いてあるので、楽しみだ。途中、萱小屋跡を経て

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1時間をかけて檜峠に着くと道はようやく水平道になる。尾根にでると雑木の疎林となり、樹林を通して正面に伯母子岳のピークらしいものが見えてきた。檜峠から右側の尾根に延びている夏虫山(1348m)への分岐を見送って真っ直ぐ伸びているトラバース道をすすむと、ほどなく伯母子岳頂上付け根の十字路に着く。

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右の分岐は護摩壇山(和歌山県の最高峰)への遊歩道、左の分岐は伯母子峠へのトラバース道、われわれは伯母子岳頂上への真ん中の道を登る。
約20分で頂上に達した。正午である。掛け値なしの、すばらしい眺望だ。近くには夏虫山が尖っており、足元からは護摩壇山への縦走路が峰々を越えて延びている。南には第2回目に越える果無山脈があるはずだが同定できない。北の方角には、大峯山系が横たわっている。左から右に、山上ヶ岳、行者還岳、弥山、八経ヶ岳、釈迦岳がそれぞれの特徴ある山容を誇示している。今年の厳冬雪積期に苦戦したことがまるで遠い昔のできごとのように脳裏にうかんだ。

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ここで弁当を開き、空腹を満たす。あとは基本的にはくだりだからゆっくり歩けると考えていたが、距離がながく、後半は飛ばし気味でやっと時間に間に合ったというのが実態である。午後0時45分に出発。15分くだって、伯母子峠に着く。ここには立派な避難ここには立派な避難小屋とトイレがあった。10分もくだれば水場もある。ここを利用すれば、大股から1泊で伯母子岳から護摩壇山へ縦走し、高野龍神スカイラインのバスで帰阪できる。

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道は落葉した雑木林のなかをトラバース気味にゆるやかにくだっており、ところどころに残っている真っ赤に紅葉したドウダンつつじの木が、木漏れ日にアクセントを添える。

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吹き溜まりでは落葉が膝下にまで達し、まるで落ち葉のなかのラッセルだ。午後1時40分に上西家跡に着く。広い屋敷跡で、昔は旅籠があったという。

ここから古道は二手に分岐しており、われわれは道標に従って尾根道をたどった。このルートはあとでもうひとつのトラバース道と合流するが、弘法大師坐像はトラバース道の方にある。やがて道は、神納川と三田谷川の合流点にむかって切りおちている尾根のつづら折れの急坂を一気にくだる。

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ひょっこり車道に飛び出すと、そこにバスの運転手が立っていた。3時15分、ジャストインタイムだ。急いだので、ちょっと疲れた。十津川村では、小型バスでいろんな公営施設への送迎をやっており、その空いた時間帯であればまれわれにしてくれたように観光客の便宜を図っているようだ。
神納川を隔てて次回歩く三浦峠への急斜面が見える。神納川沿いの道を30分ぐらいくだると十津川との合流点である国道168号線の川津に着く。このあたりは、神納川も十津川も風屋ダムによる貯水池になっている。五条行きのバス便は4時40分でかなりの待ち時間があるので、バス停まえの店に入れてもらい、ストーブで体を温めながら、ビールを飲んで時間をつぶす。バスのなかでは酔いと心地よい疲れでぐっすり寝込み、五条に着いたのは日もとっぷりと暮れた7時前だった。そこで解散し、各自家路についた。


                ー11月29日~30日に続くー


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