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エル・キャピタン ザ・ノーズ  2016年4月〜5月

【後藤皓二郎】
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4/26、関空をTさんと出発。Mさんは4/29ヨセミテで合流。荷物はホールバックとボストンに詰めた。二つとも20kgオーバー。Mさんのロープやギアなども入っている。食料も向こうでの整理の時間や買い物の時間を短縮するため日数事に分け、ほとんど日本から持っていくことにした。はじめてのビッグウォールなので心配は尽きない。できるだけの事はしていくことにした。

練習は、名張、三倉、瑞浪など。名張ですることが多かった。記録や先輩方の話を聞き、自分たちで練習を考え、フリークライミングに加え、二月くらいからほぼ毎週荷上げや、ユマーリングの練習をした。本番では40kgを超すと考え45kgくらい。岩場で石や土を詰め、秤で量る練習が懐かしい。ホールバッグも岩で擦れて本番のころにはかなりの‘味’が出ていた。
荷上げに加え振り子トラバースの練習も重要だと思い何回かした。ロープがこんがらがったり、練習ではトラブル続きだったが、一つ一つ解消していき、本番では自分たちのオリジナルのシステムになっていたと思う。(ビレイ点ではpasを使う事等)
マルチでの練習もこなし、やることはほとんどした。練習に加え、ジムでは持久力強化、朝もランニング。オーバーワークで何度か風邪をひいてしまった。練習は十分にできていたので、四月末は練習に飽きてクライミングを楽しんだ。クライミングの楽しさを再確認!

ヨセミテに行くことを描き出したのは去年の年始くらいだったと思う。ヨセミテに行くことに決め、クラッククライミングを真剣にはじめて約一年。以前に韓国のインスボンに行った時の遺産は少しは体に残っていたが、ワイドクラックのテクニックなどは一からのスタート。始めは正月に屏風に一緒に行った奈良のHさんと二人で行く予定だった。春、夏ころから荷上げの練習を少しずつしていたのだが夜に急にHさんから「家族の事もありやはりヨセミテに行けない、、、」との電話。後藤に電撃が走る。OMG!
誰と行こうか、どうしようか、どうしようか、、、と悩んでいたが、春からTさんと一緒にクラックをやっていたので一緒に行こうと画策。口説くことにした。Tさんはロープワーク、クライミング、正直、頼りなかったのだが、まだ時間はある、、、練習を重ねれば何とかなるだろう。無理だったら一人でも行く、という気持ちになった。
Tさんも練習をたくさんして上手くなってきたので、了承してくれて年末くらいに一緒に行くことになった。それからは猛練習になる。僕もこんな自分が自分の中にいるのか?というくらい鬼になりTさんをビシビシ叱っていた。物を落としたら叱り、クライミングに対して後ろ向きな発言は特に注意した。できるだけ冷静になることを心掛けたのだが感情的になることも何度かあった。言い合いになったりすることもあり関係がギクシャク (僕だけが思っていたのかもしれないが、、) するとクライマー仲間に相談して頭を冷やしたりもした(笑)
ビッグウォールを楽しむために練習しているのに、なぜこんな気持ちになるのだろう、、、と思ったりもした。自分自身ヨセミテが近づいてくると不安からイライラとすることがあった。本末転倒とはこのことか?ビッグウォールを登るためより、ビッグウォールを楽しむことが大事なのでは、と思わされた。Tさんも頑張っている、切り替えると心穏やかになるもんだ。
でも何度も元に戻った(笑)
しかし、叱ったりしたのが功を奏したのか出発前には物も落とさなくなったり、クライミング、ロープワークもメキメキ上達していた。

年末に槍ヶ岳に一緒に行ったMさんがメンバーに加わることになったのは1月の末位だったと思う。Mさんは関西でも屈指のアルパインクライマー、ビッグウォールの経験は無いが頼れる存在。クラッククライミングの練習不足が少し心配だったが、それ以外は全くもって問題ない。存在はかなり心強かったし、何よりもMさんの穏やかな性格がありがたかった。Mさんが加わることにより、相談もできたし練習方法も厚みを増した。

そういう経緯を辿り、出国を迎える。以前に海外に行ったネパールに登山に行ったとき登頂できなかったこともあり、心の中には“また失敗したらどうしよう”という気持ちはあったが、知り合いや友達に言われた言葉「失敗したらまた行ったらいいやん」と「登るまで帰ってくんなや」二つの言葉が駆け巡る。今思うと二つとも必要な言葉なんだな、、、と思う。

4/27ヨセミテ入り。でけえ!!エルキャプのデカさに興奮&ビビる。周りには屏風岩クラスの岩がゴロゴロ。ここは岩の殿堂! 鼻息荒く岩を眺める。でもやはりエルキャプばかりに目が行ってしまう。写真で見た憧れの所が目の前にある興奮。岩が本当に美しい。
キャンプ4の手続きを済ませてテント設営。ギアの整理もしてからいてもたってもいられなくなり、ノーズの下部4p登りに行った。花崗岩の岩から離れていること、慣れないピトンスカー、難しいのでエイドばかりになってしまうがそれほど時間もかからず4p目のシックルレッジに到着。エルキャピタンに触れることができてほんの少しは心配が消える。オフセットカムを使う練習にもなり登って良かったと思う。キャンプ4に戻り肉を食らう。天気予報はずっと良くなくて心配である。

4/28近くのマルチピッチ6pくらいを登りに行った。調整も兼ねて軽めに登る。セントラルピラーフレンチ。
綺麗なクラックで、溜息は出ないが、見入ってしまうどこまでも続くフィンガーサイズのクラック。背中にはデカい岩だらけ。ロケーションはたまらいほど、、、良し。クライミングを楽しみ、気持ちも和らぐ。
昼過ぎには下山。明日はシックルレッジまで荷上げする予定なので、ペットボトルをダクトテープで補強したり、ギアの整理をしてホールバッグに詰めたりした。ダクトテープ補強したが、本当に破裂しないだろうか?心配事は尽きない。再び肉を食らう。
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4/29朝早くに岩に取りつきシックルまで荷上げとFIX 工作。朝4:00頃起きたので一番に取りつく。
ヨセミテの岩にも慣れてきたのかかなりスムーズに登れる。午前中にFIX工作を済ませる。ウーン。なかなかの出来だ。ホールバッグを取りに下山して休憩。エルキャプを眺めながらTさん作のハンバーガーを食べる。「ヨセミテにも慣れてきたよね」とか言ってみるが、エルキャプは何度見ても威圧的で、でけえ。
ホールバッグは40kg無さそうだった。水は一日一人2.5L目安で気持ち少し減らし3.8L×7。初日の行動中の水は当日もっていくことにした。担いだら腰が砕けそうになる話をよく聞くが、冬季登攀のボッカトレーニングよりはるかに楽勝だった。FIXをユマーリングしてスペースホーリングで荷上げ。荷物も練習をしていた時よりもはるかに軽く感じた、傾斜もあり摩擦が余りないことも加わっていたためと思う。楽勝で上がるが、Tさんがビレイ点でホールバッグのマイクロトラクション解除に苦労している。それからは荷物が軽いのでボディーホーリングで上げることにした。特に問題もなくシックルレッジまで荷物を上げる。シックルレッジの端のほうに荷物を固定して「次来た時までそこにいてね」と心の中、語りかけて懸垂で下降。50m×4で地上。14:00頃には下山。ペース良し。それにしても荷物を軽く感じた。名張で岩を詰めて練習した成果だと思う。二人とも特にロープワークの問題も無く終了。
夜になりMさんと合流。シックルレッジまで荷上げとFIX終えたので、気持ちよくMさんを迎えれた。終わっていなければ顔を合わせれない、、、とTさんと話していたのでホッとした。

4/30ロープをFIXしているので手持ちのロープが無い。クライミングもできないのでゆっくりする、、、、動かずにはいられないのがクライマーか、、、結局アワニーホテルのの裏でボルダリングをした。後藤は生まれて初めて屋外でのボルダリング。はじめてのボルがヨセミテとはなんか響きがカッコいい。
シャワーも浴びて、栄養をたくさん摂って就寝。明日から本番だ。明日は天気が悪いのだが、とりあえず出発予定。

5/1,朝3:00起床。ベーグルサンドを食べ、淹れておいたコーヒーを温める。出発の朝はテント内いつも静かだな。
4:00頃には取りつきに到着して暗闇の中ユマーリング開始。特に問題なし。デカいエルキャプには誰も見えない。それどころか、遠くでたまに動く車のヘッドライト以外、動いているものがない。渓谷の中の静けさの中ユマーリングの音と自分の息づかい。本当に静かだった。
2日ぶりにホールバッグに出会うとしっかりと固定されたまま、ここにいてくれていた。
ここからは未知の領域に入る。今日の予定はエルキャプタワーまで残り11p。数にすれば大したことはないが、1pが50m、60mあり長い上、荷上げも初日が一番きつい。初日が勝負だと思っていた。クライミングはさして問題ない。荷上げも軽い。頻発の振り子トラバースをこなしていく。1か所登り過ぎてしまいランナウトにビビる。有名なストーブレッグクラックはどこまでも続くクラック。本当に美しく、初めて見る光景に興奮。
荷上げをしながら下を見るとエルキャプに走るクラックとMさん。カッコいい。
ずっとフリーで行けたら良いのだが、ワイドクラックが出てくるとどうしてもエイドしてしまう。あまり無理せずに所々で休む。ドルトタワーでの1p60mの荷上げはさすがにキツかった。時間はまだ12:00頃。かなり早い。今日中にエルキャプタワーは問題なく行けるだろう。とりあえず少しホッとした。
荷上げで疲れリード交代。Mさんのリードに代わると雨がっ降ってきたが、Mさんは悪条件に慣れているので安心してビレイした。天気予報ではかなり悪い予報だったのだが、そこまで崩れることなく30分から1時間で止んだ。荷物のリリース時ねじれ防止のスイベルの下に補助ロープを間違って付けたためグルグル荷物に巻き込んで補助ロープを回収できなくなり苦労した。
エルキャプタワー。まだ時間があるのでTさんに1pFIXしてもらった。ノープロのチムニーをすんなりと登っていた。
初夜のビバーグは畳が縦に三枚並んだようなテラス。雨が降るかもしれないのでツエルトを張る。固定ロープを張りハーネスから二本のセルフビレイ。やっぱりだが下を見ると怖い。食事や物の受け渡しも少しぎこちない。
このペースだったら二泊三日で行けるだろう。セルフで繋がったまま就寝。疲れた…

5/2二日目の朝はバッチリ快晴。しっかりと眠れた。1pユマーリングの後、キングスイング。ノーズの中、一番の距離の振り子トラバース。振り子の前で、コロラドから来た二人組。流行のワンデイで登るらしい。あなた達のロープを使ってもいい? 30m離れた所でコミニケート。僕たちのロープでユマーリングしてきて、スイングしていった。さすがアメリカ人。「フウー!イエー!」叫びまくっている。こちらも叫び返す。その後も会ったが明るい男で、気持ちのいい人だった。5/1から頂上までエルキャプで出会ったのはこの二人組以外出会わなかった。このアメリカ人は嬉しそうに「エルキャプ、ビークワイエット!、、、エンプティー!」と感情豊かに話していたのが印象的。その感じは文章では伝わらないが人生に残る名言!?
スイングを見ていたのでどこをキャッチするかは大体わかっていたので、ブンブンスイングすることなく二、三回スイング後じわじわとカンテをキャッチ。
スイング後再びアメリカ人に出会い話をする。名前はレインボー。日本に行ったことがあるらしい。宮島が良かったと言っていた。叫びながら登っていた。少し待ってから登る。
その後は2ピッチを繋げたため手持ちのギアがなくなり怖い思いをした。キャンプ4を通過して、次のメインディッシュのグレートルーフ。このルーフは出発前からTさんが行くと決まっていた。リードを交代。Tさんは日焼けをしたくないらしく銀行強盗のような恰好が可笑しい。写真をたくさん撮った。
ギアをたくさん持って出発。青い空の中どんどん登っていく。サードはあまり何もすることはなく、座ったり、景色を眺めたり。本当に天気が良く気持ちがよかった。かなり高度を稼いできた。足をブラブラさせて下を見る。高度感は未体験。
次はMさんに代わり登る。真っ青に晴れた空と真っ白の花崗岩のコントラストが美しい。この日は遅くなりビバーグ地のキャンプ5に着く頃は真っ暗になっていた。昨日のビバーグ地より狭いので、僕とTさんと、Mさん、別れて就寝。慣れてきたのか食事等はスムーズ。よく眠れたが何度か起きると足が崖下にブラブラしていた。Tさんは怖くない、と崖側で寝てくれたが僕は怖いので壁にへばりついて寝た。心の中で、(これはおそらく完登できるなと)やっと思えてきた。
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5/3ゆっくりと起床、6:30頃出発。グロワリングスポット。トポ図にはバッククリーンNO! と書いてあるがなぜだろうか。ぐいぐい登るが、クラックが狭くピトンスカーにカムをセットしずらく苦労していると、パンパン!!
あの嫌な感触。カムが二本抜け墜落する。棚のある所まで落ちてしまった。グランドしてしまったがクッションがありそこまでの衝撃はない。
ケツと指を打ったがそこまででは無く良かった。ナッツをもっていかなかったのが悪かったのだ。バックロープでナッツを上げてセットするとしっかりとクラックに収まっていた。
その後は特に問題なくグイグイ。キャンプ6到着。けっこう広い。噂に聞いていた、便所的な溝がある。おお!これはまさに便器!待ち時間の間、ゆっくりと出した。錫杖の前衛フェース終了点、滝谷クラック尾根の途中を超え人生で一番眺めの良いトイレだった。
次のピッチはチェンジングコーナー。Mさんリードとオーダーが決まっていた。細いクラックなので墜落する可能性のあるピッチ。Mさんは「別にリードしなくてもいいよ」と言っていたのだが、こちらは「どうぞどうぞ!」と返す。緊張のピッチ。時間はかかったが一度も墜ちることなく登っていた。この時もサードだったので、ゆっくりと景色を眺める。おそらく明るいうちに頂上に立てるだろう。
頂上の手前でリードを交代。もう最後のほうなので、ギアを減らして、フリーで遊ぶ。エエ声で吠え登る。気持ちがいい。荷上げをしていると足元に花が咲いていた。白い花がとてもきれいで写真に撮った。何故かいつも白い花に心惹かれる。傾斜が緩くなってきて頂上に到着!終了! デカい松の木でビレイ点を取って荷上げ。
登れた! 対岸に見えるミドルカシードラルという岩場をずっと見ながら登っていたが今ははるか下にある。
三人合流して写真撮影。休憩。
ハーネスを外し、ふんどし姿になり写真を撮る。
手はボロボロになっていた。
下山の事もありゆっくりはしていられない。下降のルートもアヤフヤである。ビバーグできる余裕はあるが今日中に降りてテントで寝たい! 別のルートを登り終えたクライマーが通過したので下降のルートを聞いたが、つづら折りに降りて何回か懸垂したら降りれるよ、、、と全く頼りにならない言葉。
でもケルンがあったので迷うことなく降りれた。途中で別パーティーと出会い、懸垂のポイントを教わった。懸垂のポイントが分かった時にはまだ明るく、懸垂を無事に終えると、緊張の糸がプツリと切れた。懸垂を終えるとヘッドランプをつけた。ホールバッグは担ぎにくく、重い。一番年下のため自分が持たなくては、とずっと持っていたが心中(代わってくれ…)と思っていた。
もう限界や、、、、心身のリミットが近づいているが、正月の屏風岩からの下降の時よりは楽である。足をどつき、叫び自分を鼓舞する。こういう時に口から出るのは下ネタだった。スラングだけが心を支えている。二人とも遠く離れては待ってくれている。だんだんと林道のような道になり道路にでる。思い出すのは釜トンネル、上高地。心の中にはいつも穂高がある。穂高が好きだ!21:00頃車に到着。車に乗るが三人とも会話がフワフワしていて正常ではない。
帰幕し余りの夕食のどん兵衛を食べた。美味いとかそういう思い出はなく、シュラフに潜り込む。
僕たちは完登できた。

5/4朝6:00頃、目が覚めて、一人で残置していたロープを回収しに行った。全身筋肉痛がひどい。ただのハイキング道がおそろしくきつい。残置したロープは優しい方に美しい結びで束ねられてあり、取りつきに置いてあった。
回収後、エルキャプを眺めた。iPodを持って行き音楽を聴いた。奥田民生のユルい声やピアノの弾き語りを聴くと、登ったんだ!と達成感がこみ上げてきて、目頭が熱くなった。一つのルートを登るのにここまで練習したことはない。登った後にみるエルキャプは親近感が湧き、一つ一つの皺などと思い出が重なっていく。

エルキャピタン、ノーズ。登るまでにいろいろとあった。今回の登攀、特にTさんには本当に世話になった。感謝である。長いビレイ。一年の間、何度かグランドフォールもした。ビレイヤーを怪我させてしまうこともあった。Tさんにはキツイことを何度も言って、しんどい思いをさせてしまったかもしれないが一年前に比べはるかに成長した。頼れる兄貴のMさんの存在もデカかった。

練習で過ごした様々な瞬間は消えることがない。良いことも悪いこともあった。
この瞬間瞬間をこれから山も山以外でも活かせたらな、と思う。



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